スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

切手の消費税 

この前、郵便局で切手を買った際の領収証を見て「おや?」と思った。
90830b.jpg
切手は消費税が非課税になっている。そういえば切手は郵便局(郵便切手類販売所)で売っているものは非課税だったような気がする。
90830c.jpg
郵便局で直接、郵便物を差し出すと郵便料金には消費税がでてくる。

これは郵便切手は商品券と同様の扱いになるからだ。つまり金券なわけだ。
法理論上、切手を購入した場合は貯蔵品という取扱いになる。そして郵便物に貼付し、郵便ポストに投函した段階で郵便サービスを受けることになるため、貯蔵品から通信費に変わり、その時点で消費税が課税される。

こんなこと会計上やってられないので、通常は切手の購入段階で通信費にしてしまい消費税も課税扱いにしてしまう。決算の時に貯蔵品に振替処理をすることでオケ。

スポンサーサイト

投票してきた 

みなさんはちゃんと選挙で投票されましたか?

匝は午前中に投票を済ませました。いつになく盛況な投票所で、諏訪神社のお祭り効果なのか、それとも政権交代の関心の高さなのか、投票箱前はなんと10人くらい並んでいました。

衆議院議員選挙の小選挙区と比例については、それなりに考えて投票しました。
最高裁判所判事国民審査は、いつも通り全員×です。どうせ罷免されません。
国民審査が誤解されるのは、信任する場合でも○をつけてはいけませんが、一応信任となるようです。白票という制度はありません。白票は信任です。

横浜市長選については白票を投じた。これははじめてのこと。
選挙公報とか読んでみたんですが、中田市長の突然の辞任で突然わいてきたような人ばかりではありませんか。そのため自分の考えに近い人もおらず、いずれかマシといえる人もおらずです。
そもそも出馬する人たちは、そこまでの決意しているのかねぇ。

党市連からの打診されて娘の一言で立候補した人とか、市議団は推す候補を降ろし党中央から出馬打診されて立候補した人とか、党からの出馬要請されて立候補した人とか。みんな素人というか、自発的な人さえいないのだ。

とあるスーパーの再建に失敗し考えなしにとりあえず中田市政をそのまま継承する候補者にはどうしたものか…。
マニュフェストが本来の選挙公約ではなく、ただのスローガンとなってしまった某党から打診されて出馬したのに完全無所属の候補者…。
まだ旗振り新聞記者のほうがよかったか…。

横浜市は大丈夫だろうか…

白票は現選挙制度では無効票であるが、投票率には影響するだろうから参加することに意義がある程度で、選挙結果は追認するという姿勢ですね。

ウィステリアの葉 

ウィステリアとは、定番の水草である。
“水上葉と水中葉”にも書いたとおり、水中にある時と、水から出ている時の葉の形状が違う。水中にある時は春菊のように切れ込みの多い葉だが、水上葉は縁がギザギザしている程度のまるっぽい葉をしている。

それがよくよく伸びたウィステリアの先の方でも水中葉のように切れ込みの多い葉になっていることに気づいたのだ。
90830a.jpg
はて?なんでかな。水上葉と思っていたのは子葉みたいなものだったのかな。
よくわからないが、観察は続けてみようと思う。

夕方の部 綱島神輿連合渡御 

90830_11.jpg
台風が近づいているためか小雨がパラパラしている。17時30分の駅前ではなぜか、阿波おどりが行われていた。港北にあるグループだ。
90830_12.jpg 90830_13.jpg
連合渡御はまだのようなので出店をのぞき、諏訪神社に行ってみた。カラオケ大会の準備中。さらに先ほどの阿波おどり部隊が待機していた。今日は神社も明るくを灯されていたのでお参りする。
もちろん二礼二拍手一礼。礼の時は、気をつけの姿勢から手を脚につけたまま膝まで動かし自然とお辞儀をするようにするのが正当な方法のようである
90830_14.jpg
駅前に戻ると既に神輿が集結しており休憩中。駅西口の商店街は歩くのもままならない。
90830_15.jpg
そうこうしているうちに出発。西一・二丁目のかわいい神輿は女神輿のようだ。
90830_16.jpg
公園側へ進み、商店街のはずれで東横線のガードをくぐりバスターミナル側へ。ここから雨が本降りになってくる。風も出てきたぞ。

90830_17.jpg
バスは神輿の通過待ち。雨が強くなるほどに、なぜか盛り上がる。匝もずぶ濡れだ。みずほ銀行脇を綱島温泉側へ、そしてすぐに右に曲がっていく。その四つ角にはお囃子部隊がピーヒャラしてました。
匝は完全なずぶ濡れ状態になり、ここでリタイヤです。
90830_18.jpg
帰り道、傘をささずに歩く人や自転車の人と何人か遭遇。祭りは気持ちを高揚させますな。

大津波のお話 

海洋を震源とする地震では、時に大きな津波が発生して沿岸の港や町、さらには河川を遡上し平野部にまで被害を与えることがある。

日本でもまだ記憶に残るところでは北海道南西沖地震で発生した大津波。これは北海道の離島である奥尻島を襲い、青苗地区を壊滅状態にしてしまった。この地震は夜22時17分に発生し、離島であるがために被害状況が映像で送られてきたのは翌朝であるが、地区の大半が津波で流出し、残されたところでは火災で焼失しており、一晩ですべてがなくなっていた

最近発生して世界の多くの人の印象に残っているのは、スマトラ島沖地震による大津波だろう。ザバーンという大波の後は海があふれるかのような海面上昇によって水が町を襲い、引き波では洗いざらいすべてのものを沖へと引き込んでいった映像が世界を駆け巡った。

津波とはとにかく普通の波とは違う。そして情報を収集せずにただちに避難することが生死をわける。

気象庁のサイトには“稲むらの火”というページがある。ちょっと気象庁の雰囲気とは違うのだが、これは戦前までに教科書に載っていた津波にまつわる話である。

詳しくは、稲むらの日webサイトをご覧いただきたい。もともとは小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が実話を元に日本の神の概念を紹介することも意図して書いたものらしい。それを日本語に訳したもの、さらに小学生向けに再構成されたものと3つある。事実よりも文学性に重きを置かれたため、事実とは異なることを承知で尋常小学校読本に収録されたとのこと。

この話はスマトラ島沖地震での大津波に関する国際会議でも話題になったようだが、時の小泉首相はご存じなかったのはしょうがないこと。もっとも知っていたらちょっと日本の印象が違ったかと思うと残念である。

お話は上述のサイトをご覧いただき、実際はどんないきさつだったのか簡単に書いてみよう。

舞台は江戸時代の和歌山の広村。現在の和歌山市から南に20kmの広川町である。
1854年(安政元年)12月23日朝、現在の静岡県をM8.4の地震、安政東海地震の激震が襲う。この地震の揺れは遠く離れた広村にも伝わった。津波を心配した村人は神社へ避難するが、特に被害もなく安心して帰宅する。

翌日24日の昼に一部の村人が井戸が枯れる異変に気づく(ただし湯浅地区では異変はなかった)。この時、ヤマサ醤油の経営者であった濱口梧陵が故郷である広村に帰郷中であった。
その日の夕方に激震が広村、いや近畿から四国を襲う。東海地震から連動した安政南海地震M8.4である。この地震で多くの家屋が倒壊。すぐにドーン、ドーンという音と共に津波が広村を襲った。
海岸の大木は打ち抜かれ舟と共に波に翻弄されながら集落へ投げ出され、覆いかぶさる白波は家屋や蔵を打ち砕く。

梧陵も高台に逃げながらも津波に巻き込まれるが、どうにか丘にたどりつき、村人の避難誘導を始める。

時期は冬でもあり、まわりは暗くなってきた。逃げ惑う村人の叫び声、親や子を名を叫ぶ声、そして津波の轟音だけが暗闇に響く。梧陵は干してあった藁(稲むら)に火をつけ、避難のための灯りにすることを思いつき、次々に火をつける。その火は海岸近くから丘の上へと続く。

海岸から逃げてきた村人の顔を照らしだす稲むらの火。そして安全な丘の上へと続く誘導の灯り。
その後やってきた最大の津波により海岸から順番に火は津波に飲みこまれ消えていった。

その後梧陵は、すべてを失った村人のために資材を投げうって復興を誓う。ただ単に援助するだけでは村が荒廃すると考えた梧陵は、どんな津波がきても大丈夫な立派な堤防を作り、その工事のために村人を雇うことにした。食べるものもなくなったため、当座の食料はヤマサ醤油の本拠地である銚子から運ぶため、銚子の店で働く人々に協力を求めたそうだ。

村人は、生活の復興のため田畑や漁の準備をはじめ、生活の糧と資金のために堤防造りをはじめた。そして4年の歳月を経て海岸から松林も含め幅約40メートルの堤防が完成する。

この広村堤防は、1946年に発生した昭和南海地震による大津波でその力を発揮した。堤防自体は十分に機能し町の多くを守ったが、町が大きくなったせいか650メートルの堤防の脇から津波が侵入を許してしまったが、それは堤防のせいではないと思う。

梧陵は、安政の大津波の翌年に村人から“濱口大明神”として祀りあげる計画をやめさせている。そして不幸にも安政江戸地震により江戸の店が被災する。

1896年(明治26年)に明治三陸大津波の報道で知った“稲むらの火”の伝承を小泉八雲が知り、これを元に“A LIVING GOD”を執筆した。1903年(明治36年)に梧陵の息子が英国留学中に参加した講演会にて“A LIVING GOD”のモデルである梧陵の子だとわかり喝采を受けたそうで、それだけにこの話は英国では有名だったようだ。

国語読本の方では、津波襲来に気づかない村人を急いで避難させるために収穫したばかりの稲むらに火を放ち、慌てて消火にきた村人を津波から救ったことになっている。津波では情報収集などせずにまっしぐらに逃げよという教訓である。この話は各国語版となって東南アジア諸国で出版されたようだ。

津波で逃げ遅れる例としては、なぜか海を見にいく行為である。特に引き波(海がどんどん引いて港が干上がるなど)の場合、その様子を見に行ってしまう例が多い。さらにはピチピチ跳ねる魚まで取っている間に津波に飲まれることが多いのだ。好奇心がそうするのだろうな。ちなみに津波には押し波もあるので海の状態に関わらず地震を感じたら避難するのが間違いない。

奥尻島では日本海中部地震の津波の例もあり、迅速に避難したかに思えたが多くの人が車を出したため渋滞し、車ごと津波に飲まれる例があった。むしろ走って高台に逃げた人は助かっている。wikipediaによれば、津波襲来を予見して定期フェリーの船長が緊急退避に成功している。通常の出航ではなく舫い綱を鉈で切断し出航後に防波堤付近で津波第一波に遭遇。これをどうにかやり過ごして沖へ避難したとのこと。

津波の“津”は“港”のことである。港を襲う波という意味なのだ。これは沖で普通に漁をしてから港に戻ると港は津波で壊滅していた、という事象を言い表す言葉である。よって港の船は、急いで沖に避難することが多い。

ところで、梧陵の偉業とするところは、復興と防災を同時に行い、そのために私財を投じたことだろう。ま、私財を投じたことは置いておくとして、もっとも注目すべきは生活の復興だ。

中越地震やたびたび発生する水害を思い出してほしい。多くの人が阪神大震災よりも小さい災害と感じているかも知れないが、被災者としては絶望に近いと思われる。そして心の問題だけではなく、生活の問題も重要だ。当面、住む所と食べるものなどは支給されたりするが、生活の復興のための仕事などはないのだ。特に町工場や商店、農家など地場に根付く人々は、やはり最後には仕事がないとやっていけないと思うのだ。

国や県などの復興計画では、地場の会社などをもっと使った復興計画を立ててほしい。

綱島諏訪神社例大祭神輿宮入2009 

90830_01.jpg 90830_02.jpg
今日は年に一度、綱島が盛り上がる神輿渡御の日。
綱島諏訪神社の例大祭に合わせ、各町会から神輿が諏訪神社へと集結する。
匝は出店の準備の進む諏訪神社表参道から昼なお暗き階段を上がっていった。
90830_03.jpg
階段を上り詰めるとちょうど神輿が綱島街道側の参道から上がってきているところだった。諏訪神社は高台にあるため神輿部隊は坂を登ってこなければならない。
若干、小雨の降る中だったが、熱気に蒸発してしまったかのようにここでは雨を感じない。
90830_04.jpg
90830_05.jpg
決して広くない神域にいくつもの神輿がひしめき合う。数えると11はあるが、お子さま用の小さい神輿は人に隠れているのもあるようだ。
90830_06b.jpg
↑上の写真はクリックすると大きくなります。
雰囲気を味わいたければ↓こちら。撮影はデジカメなので画質は悪いです。

90830_07.jpg
90830_08.jpg
神主さん登場。諏訪神社は師岡の熊野神社が管理しているので熊野神社の神主さんだろう。
このあとは、お祓いと玉串しの奉納を行うがこのへんは結構おざなりにパパっとやってしまった。
締めは恒例の国歌斉唱。いろんなご意見のあるところだが、匝も一言言わせてもらえば、せめて曲を流してほしい。

このあと町を練り歩きつつ、午後の出番まで休憩かな。夕方からは駅周辺で練り歩きます。

お尻の拭き方 

トイレで用を足しながら、フッと思いだした。
お尻の拭き方には複数のやり方があって、さらにあまりにプライベートなので他人の仕方どころが、自分が日常的に行っている方法が正しいのかどうかさえ、怪しいことに。

■手を入れる方向
 前(腹部側)から手を入れる方法
 後ろ(おしり側)から手を入れる方法

■拭き取る方向
 肛門背中側から前へ拭き取る
 肛門腹側から背中側へ拭き取る

女性については、肛門腹側から背中側へ拭き取ることが学校などで推奨されていると思う。
男性についてはお好みで。手を入れる方法に考えるところがあると思う。
想像で難しそうなのは、前から手を入れて肛門を前から後ろへ拭く方法だが、いったい指使いはどうしているのだろう…。

匝さんは洋式トイレということもあって、実に面倒くさくない、前入れ、後ろから前拭きである。
こんなアンケートをやったらおもしろそうだが、ウォシュレット開発秘話と同じで大ヒンシュクを浴びそうではある。肛門科の先生はどうされているのかな?

太鼓で目覚め 

昨日は何かやる気なしで、過ごしてしまった。
今朝は6時30分に、ドンドンバラバラという太鼓の音で目覚めた。そうそう今日は綱島のお祭りである。

今日は、
9時30分から綱島の諏訪神社で例大祭を挙行。
10時30分~11時、綱島各町会の神輿9基とこども神輿6基が諏訪神社へ宮入
17時30分からは駅前で6町会に神輿連合渡御

時間があったら観に行こうかな。

表参道「しぐれや」 

90828e.jpg
表参道にあった“ペッシェドーロ青山店”は、“京野菜と牛肉料理しぐれや青山店”となった。以前、みなとみらいのしぐれやに行って、肉を食わずに野菜を食べてきた匝と高氏。今回も前回を踏襲した。

下の写真はお通し、上は高氏が頼んだ茶漬けである。それまでの料理は話に盛り上がって撮影を忘れました。
90828d.jpg



秋刀魚の会と撞球会 

90828b.jpg 90828c.jpg
今年は新地の会社では経費節減のあおりもあって夏の納会を行わず、代わって暑気払いも兼ねた有志による“秋刀魚の会”が行われた。いや、ただののんべ3人が、ただ単に楽しみたかったのかもしれないが…。

バーベキューコンロはクレジットカードのポイントで入手。ビールは中元のものを出し、食べ物はひとり1品を持ち寄ることになったのだが、ひとり1品は多かったかも知れない。
特にメインのサンマは、量が多かった。今年のサンマは脂ものってプリプリなのだが、その脂で量が食べられないのだ。サンマは喜月さんから分けてもらった。あと焼き鳥とサンマの刺身も購入。
同じサンマなのに、店と我々が焼いたのではやはり違った。係長氏は喜月さんからアドバイスしてもらっていたのだがねぇ。

サンマもいけましたが、社長の小アジの南蛮漬け、部長氏の煮豚とポテト、パートさんからのイカのマリネ、課長さんの釣果の魚などなどおいしくいただきました。今回は飲み過ぎよりも食べすぎです。

七匹の子ヤギを食べたオオカミの気分で腹を抱えていると、部長氏が二次会を提案。この段階で逃亡者1人。
「何も入りません」という声に、「ボウリング」が提案される。移動中に代案が提案され、とりあえずカラオケに。この段階で脱落者係長氏1名。熱唱の末、お腹も落ち着いてきたところで再度「ボウリング」の提案が部長氏からされるも、匝が「ダーツなら…」ということでダーツに行くことになった。この時点での愛娘を理由とする帰宅者1名。

入店するとビリヤード台がたくさん空いているのでビリヤードに変更。ダーツはよく考えるとルールをしらなかったりするし。

定番でナインボール。後から知ったけれど、3人でやるならカットボールというのもおもしろそうである。
「じゃ、また来週、ビリヤードの会があります」
部長氏がそう宣言した…。

そういえば参加したモリくんは、当てづらいボールをどうしようか考えている時に、やや物理法則に合わないアドバイスをしていただきました。ありがとうございます。
やはりビリヤードは、運動量の保存の法則のイメージによさそうですな。

友桝飲料「n.e.o プレミアムジンジャー・エール」 

90828a.jpg
生姜(ジンジャー)の風味がたっぷりなジンジャーエールができました。
それは“n.e.o プレミアムジンジャー・エール”。

飲んでみると生姜独特の“ジッ”と辛味と鼻から“スッ”と抜ける香りが生姜汁を思い出させますが嫌みがありません。かなり甘めなので好き好きかもしれませんが、生姜の存在感をでっかく感じます。

匝は紙コップに氷とジンジャーエール、そしてジンを入れて飲んでみたところ、大変おいしかったですよ。

写真は同じものです。左は生姜成分が沈殿していますが、けっして振ってはいけません。静かに混ぜないと炭酸が噴き出てしまうのです。会社でも好き好きでしたが、はまった人ははまりましたね。
「家でもつくれるんじゃないかな」
っていう声もあったけれど、どうなのかなぁ。家で作るジンジャーエール…、なんとなく心が動かされます。

友桝飲料:n.e.o プレミアムジンジャー・エール

「最大多数の最大幸福」の誤解 

勉強をしていないが、「最大多数の最大幸福」という言葉。

誤解だと思うのだが、最大多数が幸福になるためには少数が不幸になる、ということを容認するものではないようだ。自分が幸せになる、または助けが欲しい時には、他人にも手を差し伸べたりすることが必要だということが裏側にあると思うのだ。

今の快楽よりも、将来の快楽を得るために、将来自分が幸せになるために、今、他人に手を差し伸べる。多くの人がそれを行えば、社会全体の幸福度が向上し、何らかの幸せを多くの人が得ることができる。

つまり、最大多数が幸福になるために少数の不幸が容認されるのではなく、その少数に対し、不幸が減少するように(幸福が増加するように)何らかの補償などを行う。また少数についても最大多数が幸福になるために自己の利益だけにこだわらずに譲れるところは譲るという考え方も必要なのだ、ということかなと想像している。すんません、勉強不足で。

みんなが自分の幸せだけを考えると、社会全体が荒れて、結局は自分の身に不幸が降りかかってくる。不幸な社会とは、つまらないことまで法律を制定する社会。つまり道徳が崩壊した社会だ。

また雰囲気で多数の人が戦争をしようとすることが最大多数の幸福には成りえないことがある。もし負ければ多数の不幸となってしまい、少数の反対派の意見を聞いておくべきだったということになるわけで、決して多数決と同意語というわけではない。

とおもうのだ。

どうしてか… 

どうしてかなぁ、メダカだけいなくなる。残り1匹。
やはり鳥か、猫か…

自転車と脳 

前にこんなたとえを読んだ。

自転車がどういうものか。タイやが2ヶあり、ハンドル、サドル、ペダルなどがフレームに付属し、人力でペダルからチェーンを伝わってタイヤへと動力を伝え走るモノとすれば、電動アシスト付きのものは自転車ではないのか、ましてやカゴの有無で自転車の定義が変わるのか。

そして自転車とはどんなに分解しても、“自転車”というものは見つからず、あくまでハンドル、サドル、ペダル、タイヤなどの各パーツしかみつからない。自転車とは何か、それは“機能”である。という話だ。

つまり“脳”を調べることで“私”とは何かを発見しようとして、脳をどんなに刻んでも、部位とか、神経細胞とか、タンパク質とかくらいしかみつからず、“私”がみつかってこちらに微笑みかけるということはないはずだ。自転車の例で考えれば“私”とは神経細胞の塊である“脳”の“機能”であることになろう。

すると自転車がどのようなものか自ら乗りこなしてわかるのと同じように、“私(意識)”も脳の活動を観察することで理解が進むことになる。そして実際いろいろと研究が進んでいる。

イヴの時間 act:06の予定 

イヴの時間最終話act:06“MASAKI”は、9月14日配信で尺は26分と少し長めとのこと。

スタジオ・リッカ
http://www.studio-rikka.com/

どんな展開になるのか、ちゃんと伏線も回収されるのか、楽しみです。


2009-9-16
イヴの時間act:06は、9月18日に配信されるとのこと。




インフルエンザの予防 

インフルエンザの本格的な流行が宣言された。
学校がはじまると集団感染が一気に増えると想定されている。

ここにきて高齢者の感染が増えたのは、やはり帰省により10代の若者と接触する機会が増えたからだろうか?

あと幼児でインフルエンザ脳症の例が増えてきているが、インフルエンザでアスピリンなどの入った解熱剤の使用は、脳症を招くか、脳症を重症化する可能性が大きいといわれる。インフルエンザで高熱が出ても素人が解熱剤(市販の風邪薬も含め)を使うことはやめ、すぐに病院は発熱センターなどに相談することが重要だ。

インフルエンザので発熱は身体の防衛反応。インフルエンザは熱に弱いらしく、身体は発熱することでウイルスの増殖を止めようとする。そのため健康で体力があれば薬がなくても2~3日程度で回復することができるのだ(新型はわからないが)。

それを解熱剤を投与するということは、インフルエンザに対して活動の場を与えることになる。そのため治るまでに長期化し、体力のない子供や高齢者などは脳症や肺炎などの合併症の危険が増えてしまう。報道される脳症がインフルエンザによる合併症なのか、解熱剤投与による重症化なのかわからないが、もうちょっとそういう情報がほしいところだ。

もうひとつ、インフルエンザを世間にばらまく結果となるのが、回復後の外出である。
学校の場合、インフルエンザは熱が下がってから48時間経過しないと登校が許可されません。これは解熱してもウイルスがまだ体内に存在し、他の人に感染する可能性が高いからです。

一部保護者や先生は登校停止のことを知らない人がいるようですが、これももっと広く周知させるべきでしょう。そして働くお父さん(お母さんも)、解熱後2日以内は会社へ出社されては困ります。学校と同様、他の社員に移ってしまい、会社の機能が停止しかねません。それに信用に関わります。

「俺がいないと仕事が進まない」ということのないよう、今からでも準備しておきましょう。

インフルエンザが発症し、解熱したからといって直に外出されると感染を広げる結果となるので、解熱2日は家でジッとしていてほしい。どうしても出なければならない時は、当然マスクをするなどの配慮を忘れずに。どうも解熱後どんどん出社などしてしまいそうで、それが感染を広げる結果になる悪循環になりそうなんだよなぁ。マスコミはその辺、報道・啓蒙しているのかなぁ。

関東大震災ちょっといい話(追記版) 

関東大震災の話をする時、どうしてもその被害の大きさ、特に火災による死者の数(その半数近くは被服廠跡での火災による死者)と、デマによる朝鮮人への民衆暴動が語られ、非常に暗い話ばかりでちっともいい話がない。

と、いうこともなかったのだ。実は下町を総なめした大火災でもまったく燃えなかった地区がある。
その場所は神田佐久間町と神田和泉町だ。ここには“町内協力防火守護之地”という碑が建てられている(数年前に見に行ったものの見つけることはできなかった)。その名の通り、町内の人たちが逃げることなく炎に立ち向かい町を守った記念碑である。

神田佐久間町界隈は、大きな地震でも建物の被害はあまりなく少なくとも倒壊したような話はなかった。

七輪で調理をするような大正時代。昼時に発生した関東地震は、調理中の七輪など火のついたものをひっくり返し、紙と木でできた家屋に対して同時多発的に火災を発生させる。神田佐久間町の南を流れる神田川の対岸の神田岩本町界隈でも火災が発生。

対岸からは火の粉がバンバンと神田佐久間町の家々にも降りかかる。この時、町内の人たちは対岸で燃え盛る火災に怯むことなく、降りかかる火の粉を払い、バケツリレーで消火活動を行った。木造二階建ての佐久間小学校の屋根に飛び火した時、多くの人が一瞬諦めたところ、一部の勇敢な人たちにより屋根裏へのバケツリレーやあげくには豆腐を投げつけるなどの消火活動により鎮火。このことは多くの人々に自信と勇気を与えることとなったらしい。

地震発生から夕方までの消火活動のあと、夜の8時頃には西の秋葉原駅方面から火の手がやってくる。この火災を町の境で食い止めるべく果敢なる消火活動(主にバケツリレー)により深夜までかかって延焼を防いだ。

翌2日の朝。今度は蔵前方面から火の手が迫る。まだ燃えていない東側から神田佐久間町と神田和泉町を目指す炎、そして炎を迎える住民たち。佐久間町の人たちも加わって神田和泉町を守る住民。しかし火災の勢いは強く、印刷所や劇場をはじめ次々と火の手が上がる。

既に水道は断水。豆腐屋、魚屋、八百屋の井戸水をくみ上げてはバケツリレーするも間に合わなくなってきた。そんな時、ひとりのおっちゃんがポンプ屋さんにガソリンポンプがあるのを思い出す。東京市の下水ポンプ場の水を引き、町内各所にてポンプによる消火活動を開始。佐久間町東側からの延焼をどうにか食い止めるが一息つく間もなく、午後2時には下谷からの炎が燃え残っていた神田和泉町北側へ向かってきた。疲労困憊ではあったろうが、ポンプの使い方も慣れ、これを迎え撃ち住民残りの力を出し尽くす総力戦の末、翌9月3日の朝日を自分たちの家と共に拝むことができた(はずだ)。

自分たちの家、町内の回りは見渡す限りの焼け野原であった。
というようなお話だ。

火災焼失地域は“なゐふる”74号のP7にある。これをみると焼け残った
町内を確認できるが、焼失の範囲はもっと広い。

ちなみに上述のお話は、司馬遼太郎の“本所深川散歩・神田界隈”(朝日文庫)や“伝えたいふるさと100話”の27にあるので興味あればご一読を。

阪神大震災の体験集をどこぞのサイトでみたのだが(見つからないが、どこかに記録しているはず)、近所づきあいは大切である。救助活動の中、近所から嫌われると救助が後回しにされてしまう恐れがあるらしいことが書いてあったな。ちょっと驚きだったが、ない話ではなさそうである。ま、出典が示せないので、あくまで可能性としておいてほしいが、いずれにせよ、上述の消火活動の話も含め、ご近所と力を合わせることは忘れないようにしたい。

またデマに惑わされぬよう、冷静な判断力と情報収集をしたいものである。


2009-8-26
念のため追記するが、神田佐久間町と神田和泉町は初期消火の成功と多数の住民と広い安全地帯が残ったために成功した側面もあり、浅草や本所方面のような火災旋風が吹き荒れるような状況では早く逃げたほうが間違いがない。初期消火ができるかどうかにかかっているのかもしれない。

来る南関東地震では関東大震災並みの火災はないと考えていたのだが、先日の防災科研の加振実験で1970年代以前の建物が倒壊するのをみると、下町地区で家屋倒壊と火災の発生が避けられないような気がしてきた。

地震断層をつくる 

駿河湾の地震から地震のメカニズムや地震防災についての検索キーワードが増えている。

そこで夏休みの宿題のアイデアに地震学会広報誌の“なゐふる”で地震断層をつくるというネタをみつけたのでリンクしておく。

地震学会:なゐふる13号P7

90825_powder-s.gif
図は“なゐふる”からの転載

あとで追記するかも

冷しゃぶとエビス黒 

90824a.jpg
「今年の夏は冷しゃぶのランチは終わりにしようと思っているんですよ」

花籠の主人はそう言ったのだ。この前食べたのはうまかったし、そもそも匝は冷しゃぶが好きなのだ。
ご主人がボツにした「冷しゃぶごまだれうどん」というのはぜひ食べてみたい。素人目にも残暑厳しい日だと、熱いご飯よりも冷たい「冷しゃぶ」と「うどん」、さらにお互いを仲立ちするほのかに甘いごまだれは想像するだけで垂涎のランチであり、お客をワラワラと引き込まれること間違いないと、匝は勝手に分析をしている。

そんなこと言っていたら冷しゃぶが食べたくなったので、注文した。ランチとはまた違うお上品な一口サイズの冷しゃぶ。ごまだれがうまいです。

シェフを呼べ!おいしいです!!

冷しゃぶでご機嫌に、お酒で舌の回りがよくなって、
「この辺(新地)はサッポロがなくてねぇ」からはじまり、
「エビス生があるんだから、黒入れてよ。ビンでもいいから」
とリクエストまでしてしまう。個人的にはエビス黒には結構な潜在的なファンがいると思うんですよ。あるとわかれば、一杯は注文してしまうような。「あの店なら飲める」というのが分かればきっと売れると思うんだけれどなぁ。
「入れますから、ちゃんと飲んでくださいよ」
って、在庫になったら匝が呑まねばならないのか…(笑)
ご近所のみなさん、エビス黒が入荷されたら、ぜひご注文を。

でないと匝が責任とって飲み続けねばならない…みたいだぞ(^^;;


ロボットもの 

お台場ではガンダムが立ち(建ち?)、ファンだけでなく一目見ようとする一般の人たちも多く集まっているそうだ。さらには結婚式まであげるという。

ま、ひとそれぞれだからどうでもいいのだが…

匝はどうもガンダムを見ようとは思わない。好みが合わないんだな。そもそもロボットのデザインやカラーリングが駄目なのか、搭乗型ロボが駄目なのか…。とにかく第一印象で見る気が起きないために、当然ながら未見である。ガンダム世代なのにね。

会社のNさんに言わせれば「主人公(アムロ)の成長がみどころ」なんだそうだ。

同じくエヴァについてもまったく関心がなかったのだが、こちらは熱心なファンである高氏から「まぁ、だまされたと思ってみてくれ。何?巨大ロボットが嫌い?なら大丈夫だ、あれはヒトだ
という、わけのわからんことを言われて渋々みたら、たしかにヒトだった。
そうか、ロボットじゃなかったんだ(笑)

もっともエヴァの場合は、あの独特の世界観にはまったわけですがね。

搭乗型ロボットが駄目なのかと思いめぐらせると、どうやらパトレイバーあたりからが苦手なサイズのようだ。パトレイバーはたぶんみようと思えば見るだろうが、やはりロボット(こちらは産業機械色がたっぷり)にひっかかるかなぁ。

それがドラえもんやイヴの時間はOK。ただしアトムは苦手(科学の子なのにね)。

と、自分を分析してみた。まだ分析が不十分だな。

ツクツク問題 

ツクツクボウシの季節がやってきた。ツクツクボウシがやってくると夏が終わってしまう。

さてそのツクツクボウシなのだが、匝の耳には鳴き声が「オーシーツクツク」と聞こえる。ネットで確認すると多くの現代人がそのように聞こえるらしい。また地方によってはツクツクボウシを“オウシンツクツク”というらしいし(群馬県?)。

蔵書“犬は「びよ」と鳴いていた”によると、明治時代の夏目漱石も“吾輩は猫である”で「オシイツクツク」としているようです。もっとも猫の方は「つくつく惜しい」と聞こえてるらしいですが。ま、詳細は「びよ」を読んでもらうとして、その昔、平安時代は「クツクツボウシ」と聞きなしていたようです。室町時代あたりで「つくつく法師」が文献にでてくるのだそうだ。

もっとも時代の合間、日本には短歌というものがあるため風流に詠むために「ツクツクボウシ」を「うつくしよし」と聞きなしたこともあったとのこと。

時代に合わせて鳴き方が変わったのか、聞こえ方が変わったのか、どっちなんでしょうね。
たぶんの時代によって聞こえ方が変わったのでしょう。海外のセミの声はどのように聞きなししているのかと思えば、ただのノイズに聞こえるみたいです。山が鳴いているとかね。

イソップの「アリとキリギリス」ですが、イソップのたとえ話では「アリとセミ」だったそうです。
これがですね、ドイツに伝わるとヨーロッパ中央にはセミがいないのでセミが「キリギリス」にしてしまったそうで、そのまま日本に伝わってしまったのだそうです。

ツクツクおもしろいですね。

比較すること 

自由研究のネタは自分が「不思議だなぁ」とか「なぜだろう」とか興味を示したことを、他人にもわかりやすいようにまとめてあげればよい。これが基本。その基本さえあれば、あとは自由研究の型に当てはめていけばいい。

ネタに苦しんでいる場合は身近なもので似たようなものがあれば、それの比較がいいと思う。
前にも書いたけれど、ペットボトルの比較
炭酸用と一般用、耐熱用、そして冷凍用との違い。冷凍用というのはフタが水色のものである。
これらの違いを自分なりに比較したり、なぜそのように分けてあるのかや同じ材質でどうして強度とかが違うのかを調べたり、実験したりすることで研究を進める。

同様に他に比較するものがあればそれでもよい。
たとえばセミのオスとメスの比較。メスは鳴かないので(匝は小さくは鳴けるのではないかと思うのだが…聞いたことはない)、その体の構造の違いを観察するのもいいだろう。まずネットでは簡単には見つからない(少なくとも図などはほとんどない)。

ただ今どきなのだが、標本にしてもお母さんは嫌がるし、まして女の先生だとまともに見ないと思われる。男の先生でも今どきはダメかもしれない。そんなことも考慮して、イラストにするのがよいと思う。そもそも写真よりも自分で図を描く方がいろいろ発見があってよいのだ。ただし観察には実物を使うこと。写真にするとどうしてもわかりづらくて後悔することが多い。

キーワードでも昆虫類は少なかったなぁ。

比較できそうなものはいくらでもある。それに比較することは間違い探しみたいで楽しめるでしょう。


富士山ハザードマップ 

“死都日本”を読んだからでもないが、検索キーワードにも富士山の噴火について調べている人もあったことだし、また過去に“東海地震と富士山”というのも書いたままだったので追記も兼ねて記載する。

東海地震では静岡県や神奈川県西部と愛知県東部では大きな被害になると思われる。また交通の大動脈たる東海道が寸断されることで経済的な影響も大きいと思う。しかし迂回ルートの利用、また復旧に半年も掛ければ概ねの交通機関について復旧されるのではないだろうか。ここでは申し訳ないが被災者のことは考えない。

ところが最悪遷都しなければならないほどの災いとすれば富士山の噴火だと考えている(もっとも浅間山の大噴火でも影響は大きいだろう)。

首都圏に最も影響を与えるものは降灰である。

富士山ハザードマップ検討委員会報告書:降灰可能性マップ (184KB / PDF)
http://www.bousai.go.jp/fujisan-kyougikai/report/houkokusyo5-5.pdf
これによれば富士山のいずれかで噴火した場合でも、偏西風の影響で関東に火山灰が降灰する。宝永噴火(1707年)程度の噴火で、首都圏では2センチ以上の降灰がすると想定されている。
90823_01.jpg

1)人的被害としては、呼吸器系の疾患を持つ者だけでなく多くの人が灰により健康被害を受ける。
2)道路は、降灰1日5センチ以上で通行不能となる見込み(除灰しきれないため)。神奈川県下の道路は走行困難となると思われる。
3)鉄道は、信号のやりとりに障害がでて混乱。
4)航空機は降灰中では飛行できないので運行不能。
5)上水道では降灰により沈殿槽の処理が間に合わなくなれば給水不能(酒匂川水系)。
6)東京、神奈川、千葉県の降灰2センチの地域では畑作農産物は1年間収穫ができず。
7)関東一円の稲作は1年間ほぼ収穫できず。
8)静岡県東部と神奈川県の森林はほぼ壊滅。その他、山梨、東京、千葉県でも大きな被害。
9)降灰厚が30センチを超える静岡県東部と神奈川県中央以西では灰おろしをしないと降雨があると灰の重みで住宅の倒壊(全壊)が起こる(30センチ以上で30%、45センチ以上で60%)。
10)自動車はエンジンの故障。

山梨県南部と神奈川県の西側3分の2にあたる降灰10センチ以上の地域では土石流の可能性がある。宝永噴火では降灰と土石流の影響もあって酒匂川では氾濫が起きている。

そういえば降灰を除灰してもいったいどこへ捨てればいいのやら?

富士山防災協議会:富士山火山防災マップ
http://www.bousai.go.jp/fujisan-kyougikai/fuji_map/index.html
上記リンクには、富士吉田市、御殿場市、富士市、足柄上地区、小田原市の防災マップおよび共通ページが掲載されている。

これらの災害は噴火の期間が長いほど影響が大きくなる。
降灰により神奈川県西部に集中する東海道(道路、鉄道共)および東名高速は通行不能となり東西の大動脈が寸断される。また航空機についても降灰がおさまるまでは空港の利用だけでなく上空を飛行できない。

電気機器類への影響としては雲仙普賢岳噴火の際に、ガス湯沸かし器、空調機、カメラなどのセンサーの故障があり、また自動販売機の故障もあったそうである。

富士砂防事務所:富士山溶岩流3次元マップ
http://www.cbr.mlit.go.jp/fujisabo/jigyou/3dmap.html
上のリンクは富士山が噴火した場合の溶岩流シミュレーション動画。

火山噴火は地震予知と違って概ね噴火の時期が推定できるとされる。規模などはどこまで事前に推定できるかは不明だが、事前に避難誘導や準備はできるだろう。むしろ個人の勝手な行動によるパニックはないともいえないが…。

災害が大きいか、小さいかというのは意味はなく、被災した個人にすれば、それが地震だろうが、噴火だろうが、水害だろうが、人生にとって大変な事件であることに変わりはなく、災害の大きさに関わらず助け合う精神は必要だということは忘れてはならない。

関東大震災と阪神大震災 その2 

関東大震災と阪神大震災 その1のつづき

■災害の規模
どんなに地震学的な規模が小さい地震でも、震源が浅ければ大きく揺れ、人口密集地であるほど大災害となる。地震が人のいない砂漠とかであれば、規模が大きくても災害はゼロに等しいだろう。

兵庫県南部地震は、地震の規模が関東地震のような大規模ではなかったので大阪を含めた広範囲での大災害にはならなかった。

関東大震災でもそうであったが、阪神大震災でも大きな被災地は局地的だった。
当時の震度は計測では6まで、震度7は建物の倒壊率から決められた。そのため現在の震度7とは意味合いが違う。次のサイトには震度7(つまり建物の3割以上が倒壊したエリア)のエリアマップがある。

株式会社ブイテック:住宅の耐震診断

今、阪神大震災を調べると倒壊したビルや建物、高速道路、脱線した鉄道などの写真がたくさんでてくる。当時の報道も同じような映像ばかりだったが、決して神戸全体が壊滅したわけではない。報道的にはそういう大きく壊れたところに価値があるのだろうが、被災地に親戚がいる人たちにとっては神戸全体がこういう状態だと心配されたことであろう。実際の被災地の大部分は神戸市内のJRと阪神神戸線沿いである。これより高台の部分は地盤がしっかりしていることもあって建物の倒壊は少なかった。海沿いは地盤も緩かった上に推定断層の上にあたったのが揺れを大きくした原因だったのだろう。

関東大震災でも倒壊は主に隅田川東側の軟弱地盤で多かったとみられ、台地の建物はそれほどの被害を受けなかった(本郷の東大はレンガ造りのためか倒壊)。関東大震災ではよく東京を例にされるが建物の被害が多かったのは震源があり、県の下が断層となった神奈川県の方が大きい。東京の場合は地震被害というよりも二次災害の火災(人災)による被害が大きく、さらに死者の半分が狭い被服廠跡(現、横網公園)のものであることにも注意したほうがよい。

■防災
さて次のサイトをみてほしい。

境有紀のホームページ:1995年兵庫県南部地震の神戸海洋気象台の強震記録について
http://www.kz.tsukuba.ac.jp/~sakai/hgn.htm

よく「阪神大震災でも耐えられる」建物とか「阪神大震災を体験できる」体験装置などがあるが、あれは阪神大震災のどこの揺れのことを言っているのだろうか。

阪神大震災でもっとも建物が倒壊した場所こそが震度7のエリアである。気象庁が観測していた神戸海洋気象台は当時、中央区中山手通7丁目にあり、ここの倒壊率は当時の震度7の基準以下、というよりも全壊の家も数%でした。現在の計測震度では震度7のようですが、地盤がよかったせいか、建物に損害を与えるような大きな揺れは少なかったようです。

なので、神戸海洋気象台の地震波形で耐えられる家であっても、阪神大震災の震度7エリアで耐えられるかどうかはわからない。いや、耐えられない可能性も十分に高いことも考慮しなければならないということです。

阪神大震災は水平方向に大きくずれた地震であったのと、神戸が迫る山と海に挟まれた狭い地域であったのとで特殊で大きな横揺れ(ほぼ一撃)により建物が倒壊したと思われます。また高速道路はその横揺れを真横から受けたために横倒しになってしまったと考えられています(さらに手抜きもあったという報道もありましたね)。

防災科研:耐震工学研究センター 実験動画
1)伝統木造住宅震動台実験(wmv)
 昭和7年に建築された京町屋を震動台へ移築。耐震補強したものと、同様の京町屋を耐震設計で新築したもの2棟を震動台に載せ、神戸海洋気象台観測の兵庫県南部地震の波形100%を加震実験した。
 いずれも倒壊しなかった。昭和7年の建築物でも、耐震補強がなくても地盤がよければ十分に耐えることができるようだ。神戸海洋気象台の震度は当時の尺度で震度6。現在の計測震度では7に相当。つまり「阪神大震災でも耐えられる」という触れ込みの宣伝が神戸海洋気象台の揺れのことであれば、一般にイメージするあの被災地とは全然違う場所の揺れで耐えられると言われていることになる。

2)在来木造住宅震動台実験(wmv)
 昭和55年に建築された木造建売住宅2棟が西明石から移築。A棟(動画右側)とB棟とし、B棟には耐震補強を施工してある。いずれも移築のため強度の低下の可能性はあるとみられている。
 加震する波形は、JR鷹取駅観測の兵庫県南部地震の波形100%。これは阪神大震災で最も倒壊率の高かった地域である。また上記1と比べてみても揺れの大きさが違うことに気づくだろう。
 実験の結果は、耐震補強を施工した方が倒壊を免れた。ただし2回目の加震実験では、耐震補強したA棟も倒壊したので、地震後は余震による倒壊に備え避難した方がよいことを示すのではなかろうか。
 この程度の住宅は都内や横浜などでみることができる。これらが倒壊し火災が発生する二次災害を避けるためにも耐震補強を実施されることが望まれる。横浜市では耐震審査の結果から耐震補強の補助金を受けることもできる。

3)地震災害時における医療施設の機能保持評価のための震動台実験(wmv)
 こちらはちょっと過去の大震災から離れる。
 この実験は直下型地震または長周期地震が発生した時の、免震構造と耐震構造の建物の揺れの違いを観測するものである。
 直下型地震には、神戸海洋気象台観測の兵庫県南部地震の波形80%。
 長周期地震には、名古屋三の丸地区推定の東海・東南海地震の想定波形。

 耐震構造はとにかく建物が倒壊しないことが第一で、中がどうなるかは使用者が固定方法など適切に行う必要がある。直下型地震では中の人やモノがシャッフルされてしまう。それに比べ免震構造の建物は揺れを伝えないことが第一であるから震動を吸収し、中の人やモノは固定されていなくても被害は少ない。
 それが長周期地震では、免震構造では免震が裏目にでて揺れを増長してしまう。まるで波に翻弄される船のようだ。耐震構造の方を見ても震度5弱くらいだと思うのだが、免震構造だとおそらく転倒や固定されていないものが倒れたりして結構な被害が出そうである。

 以上から固定することが防災に役立つことが理解できると思う。建物が倒壊しないことばかり考えず、家具などの固定も十分に準備しなければならないだろう(と、自分にも言い聞かせます)。

もっと詳細な情報や動画を見たい場合は、下記のリンクをご覧ください。
http://www.bosai.go.jp/hyogo/movie.html

“なつしま”と“ハイパードルフィン”の公開 

90822_01.jpg
昨日は海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋調査船“なつしま”が深海無人探査機“ハイパードルフィン”を搭載して横浜の新港で公開されるとのことで行ってきた。

乗船受付では別に受付するということはなく、ハンディータイプ(ペンタイプ)の放射温度計で、おでこの体温測定。インフルエンザ対策らしい。もっとも感染していても発病していないか、治りたてだと通過できてしまいますが…
90822_02.jpg 90822_03.jpg
気象庁の凌風丸と違いやや小さい感じがします。凌風丸が科学調査のための作業場があるのと違い、“なつしま”は基本的に海底探査のためのコントロールとデータの記録がメインの作業船という感じでしょうか。公開されていたのが操舵室と会議室、食堂、そして後甲板のみでした。コントロールルームが見たかったなぁ。

上は会議室にあった手塚治虫氏の昆虫型海底探査機のイラスト。“なつしま”に乗船して、滞在中に描いたものだそうだ。その他にもいろいろと楯が飾ってあった。右は人命救助の楯。
90822_04.jpg
こちらが“ハイパードルフィン”。左右のマニュピレータの間にカゴがあって、そこへ試料を集めるらしい。今ではハイビジョンカメラも搭載されていてきれいな映像を母船である“なつしま”へ送る。
母船との間は光ケーブルや電力線がまとめられたアンビリカルケーブル(意味合いとしてはエヴァンゲリオンの“アンビリカルケーブル”と同じ。へその緒からの造語)の長さは4000メートル。“なつしま”の左舷にロールで巻かれていた。電力といっても4000メートルもあると電圧降下があるんじゃなかろうかと思うのですが、どうなんでしょう?
90822_05.jpg
この上の部分には何か入っていそうですが、浮力材です。材質は聞き忘れました。万一、アンビリカルケーブルが切断されても海面まで浮いてくるような仕掛けになっているわけです。もっとも無人深海探査機“かいこう”の子機“ビークル”も同じようになっていたのですが、漂流事故調査報告後改善されていると思います。
90822_06.jpg
しかしなんとなく揺れる。凌風丸よりも船体の安定性が悪いのかも知れない。
“ハイパードルフィン”は海底の断層調査など地震の調査にも使われているので、今後も地震のメカニズムと防災に役立ってほしい。あと神秘の深海の世界もみたいものです。
90822_07.jpg 90822_08.jpg

JAMSTEC:ハイパードルフィンの映像

JAMSTEC:ハイパードルフィン利用の手引

死都日本 

死都日本 (講談社文庫)
死都日本 (講談社文庫)
おすすめ平均
stars笑っていられない
stars日本沈没(第一部、第二部)と並び称されるべきだと思う
starsいい作品でした。

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

最近の地震や水害による災害をみていて、そういえば読もうと思って忘れていた本を手に取った。それがこの“死都日本”だ。

本書は大規模な火山災害を主題としている。本書末の解説の通り昔から恐れられているものは「地震、雷、火事、親父」と火山など含まれず、現代日本人が恐れているものでさえ「地震、温暖化、癌、新伝染病」なのだそうで、火山などは紫外線や家庭内不和よりも恐ろしくない調査項目外になるらしい。それでも雲仙普賢岳の火砕流や三宅島噴火は今でも後遺症を残し、浅間山は噴煙を上げているが、それほど気にならない存在となってしまった。匝でさえ関心のある火山は富士山くらいだし、大規模な火山噴火は地球の寒冷化をもたらすため実際に世界のどこかで起こったら大変だなぁ、くらいにしか考えたことがなかった。それが火山とはこういうものだったのか、と、思い知らされたのが本書である。

この本には主人公というものがいないと感じたが、メインは防災工学の学者である黒木だろう。

九州で大きな海溝型の地震が発生。特に大きな被害はなかったものの、その地震は九州南部地下の圧力状態を一変してしまった。その異変に気づいた研究者たちは首相と共に秘密裏に防災計画を策定する。その異変の規模は霧島を中心に九州南部がすべて大噴火に呑みこまれてしまうというほどのものであり、北海道と沖縄を除くすべての地域が火山由来の災害に陥り、世界的な気候変動を起こしてしまうというものだった。

黒木はこの防災計画のメンバーとなり、霧島火山研究所が閉鎖される日に後輩の新聞記者と訪問する。そして研究所から宮崎へ帰宅する途中で霧島が噴火。その後は追ってくる大規模火砕流から逃れること、さらに火砕流の後はラハールという大泥流からの逃避行が実際にある地名でリアルに描かれる。

また首相は秘密裏に準備した防災計画とそのチームと共に、救援と避難、日本国再建の道筋をつけるべく奮闘。大災害後の新たな国家像と新秩序を発表する。

とにかくこの本の醍醐味は逃避行だ。本書が取り上げる事象は数千年に一度という大噴火(破局的噴火)であり、もはや直接的な防災など役に立たないことがわかる。また科学的な知見によるシミュレーションは実際に起こった場合の人間の無力さを認識せざるを得ない。しかし逃避行は黒木という学者の火山の知識と、同行した後輩の自動車整備の技術と持前の明るさで逃げ切った。特に本書には地図もあり逃避行のルートを地図でたどることもできるので、大変ハラハラドキドキしたものだ。

これを読むといくつか災害への教訓があるように感じた。おそらく著者が意図的に書いているのだろう。宮崎県では新聞連載で黒木の火山の話が読まれていた。読んでいても大災害の予防にはまったくならないのだが(何せ九州南部は完全に灰塵となりそもそも海も埋まったのだ)、“危険が迫っている”という直感を与えた。それに対し熊本県や鹿児島県ではまったく火山の知識がなかったために逃げることもしないまま火砕流やラハールに襲われる。そう、少しでも知識があるかないかで、避難ができるかできないか、助かるか助からないかが決まってしまうことだ。

また知識の不足は情報への欲求となる。霧島が噴火したことはわかったがどうすればよいのか、どこへ逃げるのか、今どのようになっているのか、などの情報ををテレビやパソコンに求めたために完全に逃げ遅れている。まさか霧島から60キロも離れた宮崎、錦江湾をはさんだ鹿児島まで火砕流がくるとは誰も想像しないだろう。事前に避難勧告が出ていたとしても信じられずにテレビに情報を求めてしまった。しかしこれは本の中のことだけではない。実際に三陸地域では地震の揺れを感じると津波を恐れて山へ避難する習慣があったのだが、今ではやはりテレビで情報を得ようとする傾向があるらしい。テレビで津波警報が出る頃には家ごと流されている可能性があるのに。まして津波見物に海へ出向いてしまう輩もいる時代です。携帯型の緊急地震速報があれば役に立ちそうです。

本書は国家再建の道筋も描いている。
1)土石流対策
2)食料対策
3)土地政策
4)住宅対策
5)エネルギー対策
6)環境・ゴミ対策
7)雇用対策
これらはすべて現代日本の問題点でもある。幸いにして(?)この大災害は日本人や世界の価値観を大きく変え、さらに国土の人工物のほとんどが消滅してしまったために新たな国家・国土の建設ができるようになった。逆に現状では価値観が大量生産と大量消費のままであり、あらゆる利権がからみ大規模な国土の再構築はできない。もっとも大災害はあまりにも被害が大きく、豊かな山河も農地もすべて失っているところは、敗戦後の状況よりもっと悪いと文中にも書いてあるが。

おもしろかったのは、古事記や聖書(旧約)に書かれている伝承が、火山に由来しているという説を書かれていることだ。科学的な火山の知識と歴史的な知識に裏打ちされたこの物語はよりリアルさを増している。

たしかにこのような破局的噴火は人生で巡り合うことなどほとんどないかも知れない。しかしこの物語はもっと身近な災害にも防災のきっかけを与えてくれるだろう。あとは読者がそれに気づくか否かだと思う。

それでも最後に東海、東南海、南海地震の同時発生と富士山噴火の兆候というのはやり過ぎのような気もする。
ちなみにこの災害は物語では政権交代後に発生したりするのだ(^^;;

ついでに世界の気候に影響を与えた火山(最近)
1783年 ラキ火山
1815年 タンボラ山
1883年 クラカタウ
1991年 ピナトゥボ山

もうひとつの多摩川花火大会 

今日22日は多摩川のの花火大会。
川崎市主催は二子新地で、世田谷区主催は二子玉川で同時に行われる。各々6000発を打ちあげるため、合計では12000発となる。場所は二子橋を境に上流側が世田谷区、下流側が川崎市だ。

何度か行ったことがあるが、その人の多さは大変だ。特に風向きの都合風下になりやすい川崎側は煙に巻かれやすい。二子新地の飲み屋さんの夜は戦場となり、昨日も今日の花火大会に備えていた。

当然のことながらこんな日に新地の会社へ休日出勤しようものなら、帰宅することができなくなる。そろそろ場所取り隊が出動しているのではなかろうか。

ところで29日であるが、なんと新地で花火大会があるのだ。それもプライベートな花火大会。
これは酒屋に掲示してあったA4サイズの「お詫び」に書いてあったのだが、趣味で花火(ちゃんとした打ち上げ用)を打ち上げるグループがいて近隣に騒音について事前にお知らせをしたものだった。ちゃんと打ち上げ資格者が打ち上げ、当局の許可も得ているとのこと。

そのグループ名は“夜光屋”というそうだ。

もっともあくまで趣味の集まりみたいなもので、飲食もできるようになっているがそれはグループ内用であって、突然部外者がお買い求めできるというものでないらしい。事前にグループのお友達を通してチケットを購入しなければならないのだそうである。

昨日行った居酒屋のお客さん情報ではそれほど派手なものではないが、
「誰それさんと誰誰さんの愛の打ち上げ花火でーす」
などという紹介の後に打ち上げるなど、結構おもしろいらしい。缶ビールと冷たいキュウリ片手に覗きに行ってこようか、悩んでいる(笑)


マニュフェストマッチ 

月末の30日は衆議院選挙と最高裁判所の国民審査の投票日。ついで横浜市長選の投票日でもある。15年くらいぶりの政権交代が実現されるかどうか、世間を盛り上げている。

インターネットのポータルサイトも選挙特集をしているところがある、とのこと。当然、新聞社なども特集をページがある。

Yahoo!みんなの政治:衆議院選挙2009
BIGLEBEニュース:2009衆議院選書特集
gooニュース:2009衆議院選書特集
楽天政治:LOVEJAPAN2009選挙に行こう

今までの選挙特集と違い、Yahoo!では“マニュフェストマッチ”というサービスができた。これは従来の各党マニュフェストが見ることができるというのではなく、党名を隠した各分野ごとのマニュフェストの概要を読んで支持・不支持を選択すると、便利なことに自分の考えに近い政党名を各分野別に表示してくれるというもの。

そこで匝もやってみた。マニュフェストマッチの概要で自分の考えにピッタリというのは少ないが、近いもの、かつ「該当なし」というという項目は選ばないという姿勢でやった結果が次の通りであった。

匝のマニフェストマッチの結果

驚いたことに“みんなの党”が3項目で自分の考えにマッチしていることになる。全党のマニュフェストを読むのは大変ですから、マニュフェストマッチを利用してマニュフェストを読み、よく反芻して投票先を考えるというのも今の時代に合っているのかも知れません。

匝の考えにマッチした安全保障では“新党日本”になっていますが、実際はどの党も支持できにくい内容ばかり。しかし「該当なし」を選択しない姿勢でしたので、防災重視で日本新党の「サンダーバード隊」(仮称)を消極的に支持。そもそも何ですかこの「交差点外交」とは…というのは、マニュフェストをよく読め!ということなんでしょうな。

“みんなの党”ねぇ…

そうそう選挙だけでなく、国民審査も忘れずに。

夏のインフルエンザ 

新型インフルエンザは8月中旬現在で勢いを増しているらしい。
高温多湿の夏の季節はインフルエンザは活動が抑制されるので新型も同じであろう、という観測はみごとに裏切られた。第一波から海外からの渡航者が持ち込んでくる分と、散発的に国内で感染を広げる分など、くすぶるように全国へと広がっているようだ。何らかの疾患を持っている高齢者の方で死者も発生し、幼児が脳炎になってしまうなど重症化も見られるようになった。高齢者は帰省した孫などが感染していたなどで広がることも十分に考えられる。今まで高齢者に少なかったのは、感染者数の多い10代と接触する機会が少なかったからではないだろうか。これが帰省などで接触してしまったがために…ということはないだろうか。

秋の第二波に向けて大方の予想通り事態は進んでいるようにみえる。唯一の想定外は、やはり夏の流行が思いのほか早いということだろうか。海外旅行者が持ち込んでしまう数も結構ありそうですからなぁ。

ところで一般的な常識としてインフルエンザは乾燥した冬に流行し、高温多湿期には衰退する。これは先にも述べた通り高温多湿では活動が抑制されるからだ。

しかし沖縄県ではここ数年、夏に活動がみられることがあった。

感染症広報センター:2006/07シーズン夏季のインフルエンザ流行-沖縄県
http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/333/pr3334.html

日経メディカルオンライン:沖縄では夏季のインフルエンザ流行が定着か
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/flu2007/pickup/200712/504987.html

上記リンクはいずれも2007年末のものである。
新型インフルエンザが発生する前から、沖縄県では夏にインフルエンザが流行するという現象が2005年から発生し、ようやく専門家が把握した頃である。

なぜ夏まで流行するのか、についてはまだわかっていない。一説には「クーラーの影響」が指摘されているようだが、科学的な裏付けはない。今回は新型インフルエンザが夏に流行し、今までの過程から夏に流行したインフルエンザ株がそのまま冬にも流行することが多いらしいので、このまま冬の大流行につながる可能性も大きい。

ワクチンの問題は、増殖率がよくないためにワクチンの生産量が少ない見込みとなっているらしい。ワクチンの優先順位は厚生労働省で検討され近々に発表される。

10代の集団感染を抑え込むために学校での予防接種をするとしても、就学年代は1500万人以上おり、年内に国内で製造できるワクチン数に匹敵する。

10代は感染しても体力もあって回復するので、何らかの疾患や入院患者に接種を優先すべしの声もある。なかなかむずかしいところである。

もっとも現段階の厚生労働省の考えは、強制ではなく任意接種の方向で考えているらしい。

大きな流行でもある程度感染してしまえば、下火になるはずだ。日本人や世界中の人たちがすべて感染するということはない。なぜならある程度感染し発病すると免疫を持っている人が増え、感染の広がりができにくくなるためだ。想定では3000万人程度が感染すると見られているため、国民の25%程度の感染はあることになる。

東海地震と南関東地震 

来る“地震”というと、“東海地震”(唯一、地震発生前に名称が確定している地震)のことを思い浮かべる人が多いと思う。

東海地震は、静岡県沖のフィリピン海プレートで発生するとされる海溝型地震で、想定される地震の規模はM8級程度。日本の東西を結ぶ東海道へのダメージは大きく、経済的にも大きな損害が考えられている。阪神大震災でも阪神間の交通が遮断されたため、中国・九州地方からの輸送に時間がかかった。東海地震ではそれ以上の損害が発生することが想像できる。

しかし、神奈川県から東、関東ではそれほど恐れる必要はない。もちろん防災意識を持って、食糧や耐震・転倒防止対策など日ごろから行っていることは重要であり、そうしている前提での話(と、いう匝もそれほどのことはしていないのだが)。

東京でも地盤の緩いところで震度6弱(といっても被災者の方は恐怖したと思われます)。それ以外の場所では震度5強以下と想定されていて、この程度であれば余程古いか、手抜きの建物以外は倒壊することはない。多少の損壊はあるだろうが、先日の駿河湾の地震の最高震度が6弱であったことを考えると、東京およびその周辺では大災害にはならないと思われる。もっとも予期せぬことはあるので何ともいえないが、やはりパニックが恐いところ。浜岡原発がらみのデマとかに惑わされぬようにしたい。また新幹線はわからないが、一般の鉄道であれば橋梁が落ちたとかない限り、脱線もまずしないと思われる。

ただ遠い地震では長周期の揺れにより高層ビルが損壊することはある(エレベータが使えなくなることが実際にある)。

気象庁:3.東海地震による震度や津波はどの程度になるのでしょうか?
http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/hantekai/q5/q5.html

どちらかというと関東で恐れるべきは、南関東地震(これは通称である)。もともとは関東大震災を起こした大正関東地震の再来を想定していたのだが、その後、直下型10、断層型5、プレート型3の18種類となった。いずれもM7級の規模を持つ。これらの半数は東京下町で震度6強以上となる見込みだ。

時間帯に寄らず大変な被害をだすことは想像できる。経済的な損失では、政府想定によると東海地震が約37兆円に対し、もっとも被害が大きいと想定する東京湾北部地震(首都直下型)では94兆~
112兆円と見込まれている。これは火災など二次災害による被害が大きいと想定されていることもある。死者も火災によるものが多いと想定されている。こう考えるとエコも含めて地域での雨水利用も工夫してみたらいいように思うのだがいかがだろうか。

いずれにせよ、防災に金を出してほしいものだ。危ないブロック塀の撤去や家具固定の推進など国ももっと積極的になってもらいたいものだ。エコカーも重要かもしれないけれどさ。

内閣府:首都直下地震対策の概要
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/taisaku_syuto/pdf/gaiyou/gaiyou.pdf


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。