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旧枢密院 

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いただきものの写真。ちょっと国会議事堂に似ている建物が旧枢密院の建物だ。なにやら改修工事中のようだけれど。

枢密院は大日本帝国憲法下で存在した機関で、天皇の諮問機関だった。主な仕事は国家の重要事項の審議、特に憲法の番人の役割とされた。もっとも大正時代には政府に揺さぶりをかけるほどの力を持ってくる。

そんな枢密院も満州事変以降、軍部が台頭してくるにつれ力を弱め、戦後に帝国憲法の改正を審議して新憲法が発布されると同時に消滅した。

明治時代の元勲の活躍の場をつくったって感じだろうか。すでに昭和に入ると役割は終了したように感じる。まして新戦後に活躍の場はなかったのだろう。

建物が国会義議事堂に似ているのは、試作のためだったという。大手門から東御苑に入ったところ左奥に見えるが小さい建物だ。


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第4日目:折れた心に癒しのひととき。 

お土産話の賞味期限も切れてきたので、写真のみアップ。
(オイオイ、手抜きでは?)
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身近な油圧 

自動車:ハンドルを切る際に軽く動かすための油圧パワーステアリング(パワステ)
自動車や二輪車:振動を吸収するサスペンション
農業機械:移動には早く、農作業ではゆっくりできる、速度を無段階で変速できる油圧変速装置
荷役機械:フォークリフトのような重い荷物を上げ下げする装置
建設機械:パワーショベルなど
鉄道車両:台車からの振動と空気圧での車両の揺さぶりを抑えるダンパー
航空機:ラダーやエルロンなどを動かす油圧システム
船舶:舵やトロール船などのウインチ
工作機械:マシニング装置
半導体:ラミネータやホットプレスなど ICカード(suica)などのカード圧着
風力発電:ローター(プロペラ)などの角度調整装置
その他:ロボット分野


“私”の位置 幽体離脱 

“幽体離脱”と書いておきながら、“体外離脱体験”と言い直します。
“幽体離脱”は神秘主義的な響きでしょ。科学の対象として“体外離脱”と区別するらしいので。

“単純な脳、複雑な「私」”に述べられていることを箇条書きにしてみる。

1)脳の角回に刺激を与えるとゾワゾワ感を感じ、背後に他者の存在を感じる。
2)脳の頭頂葉を刺激すると、身体だけが後方にワープするように感じる。
3)右脳の角回を刺激すると、自分が2メートルほど浮かび上がり、天井からベッドに寝ている自分を部分的に見える。

これを著者の池谷氏は、自分を外から客観視する脳の機能によるものではないかと考えているようだ。

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角回という場所は、暗喩を理解する部分でもあるらしい。たとえば「空の綿アメ」といって“雲”を連想することができると思うが、角回に何らなの障害のある人は、そのまま“空”の“綿アメ”を思い浮かべるらしいのだ。つまり言葉の裏に隠れている意味を類推することができないということだろう。

そんな角回に刺激を与えて、なぜ背後に自分の身体を感じるのだろうか。
ちょっとその前に、なぜ自分の身体だと思えたのかだ。
実験を通して背後に他者を感じたが、実験を進めるうちに意識の“私”と同じことをしていることがわかってきた。つまり“私”が右腕をあげると背後の他者も右腕を上げる、というように。
この現象と暗喩を類推する機能とがどう関係があるのかわからない。

池谷氏の“自分を外から客観視する機能”を手がかりに体外離脱体験を考えてみる。

角回など脳の一部の機能として、自分を客観視する機能があるらしい。他人からどう思われているか、とかを気にするのは、この機能によるものだと思われる。これが極端に強くなると“他人からどう見えるか”がまさに“私”の立場で眺める(想像する)ことになるのではないかと思えるのだ。

何かを真剣に考えていると、そのイメージの中で“私”が何かを体験している感覚があると思うんだけれど、それに似ているんだと思うんだ。正常な状態であれば、自分の身体というか現実に引き戻される。外からみると物思いにふけっている感じ?

精神病、解離とか離人症なんかも、このあたりの障害ではないかと思うんだ。
脳の機能障害で角回の刺激と同じように背後に他者を感じてしまう。振り向いても誰もいない。これって恐いよね。
そこで“私”は合理的に理解することができないために、背後霊などで理解するのだと思う。天井から見ているっていうのも実際の映像ではなく、イメージだと思うけれど。

とても恐い体験をしている時、脳の保護機能としての体外離脱っていうのもあると思うんだよね。
何かにはさまれて身動きができない。とても苦しい。そんな自分を見ている“私”とか。

“私”は脳の機能を知らないけど、“私”が体験する不思議な現象に対して何らかの解釈をしなければならない。だって恐いじゃない。そこで霊とか神を創造してしまったのだろう。

“心”と“私”の発見直後は、こういう自他の概念に混乱があったのではないだろうか。むむむむ。

新幹線をつくった男 島秀雄物語 (Lapita Books) 

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stars昭和34年の時点で時速200キロ出せたんだ!!
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びゅわーん、びゅわーん、走るぅ 
青いひかりの超特急…

幼稚園時代から0系に乗って名古屋へ行った。世界に誇る高速鉄道。
ホームをすべるように走りだす。車窓の向こうに見える富士山がみるみる大きくなり、後方へと流れていく。

子どもの頃の電車って床が板張りで雨が降るとワックスの香りがしたり、走り出す時のモータのギア音が高らかに鳴っていた。車体だって箱型だったんだ。それが新幹線は飛行機のような流線型で16両もあった。多摩川鉄橋を渡る新幹線を飽きずに見ていたものだ。

開通はオリンピックに合わせ、日本全体が敗戦の復興から自信を取り戻し、次々に夢を実現していた時代。

この本は、小学館のラピタという雑誌に連載されたものをまとめたものだ。
敗戦後わずか19年だが、いくつもの大都市を結ぶ高速鉄道の着工は1959年で開業が1964年。5年間という驚異のスピードで工事が完了したのは、戦前からの“弾丸列車”計画というものを応用したことが書かれている。

1939年に発案された弾丸列車計画こそ新幹線の青写真。線路の幅は狭軌ではなく標準軌とされ、大量・高速輸送で大陸とを結ぶ計画だった。さらに戦争に備え建設のための用地買収をしていたことが、戦後の新幹線計画の実現を早めることができたのだ。トンネルのいくつかは戦時中も建設が進められたため、長い新丹那トンネルなどは戦後ほぼ完成していたことも短期間での開業ができたのだ。

ただ、いつの世も反対派は存在する。アメリカの影響もあって、戦後の交通は自動車と航空機が担い、鉄道は斜陽産業とされた。さらに敗戦直後の財政で長大な鉄道建設ができるのか、また敗戦国で世界一の高速鉄道をつくることに対する世界の目。そして技術的な不安、などなど暗雲がたれ込めていた。今ではおらが町にも新幹線を、という時代ではあるが。

重要な人物、十河総裁と島技師長の信念で新幹線は開業されたといって過言ではない。

十河総裁は国会を相手に予算を確保。もともと本当の建設予算を言っていなかったので、予算オーバーで建設がとん挫することを見越して、世界銀行からの融資を受ける。世界銀行で融資を受けると政府が案件の完成と債務の保証をしなければならない。つまり開業するしかなくなる。この融資を受けるにあたってかなり危ない橋も渡っているところは、ビジネス的に見てもおもしろい。

さらに不足する予算は、地方から陳情されるローカル線建設を中止することで賄ったとされる。これは政治家の反感をかってしまう。

技術的な問題は島技師長が解決していく。新しい技術は使わず、既に使われているような技術(プルーブド・テクニック)をうまく組み合わせることで、新幹線というシステムを作り上げていった。この頃は鉄道技術者の間で高速鉄道への機運が高まっており、小田急がロマンスカーで高速車両を製造。これに技師長もバックアップし、ライバルでもあった小田急に技術と国鉄の線路を使わせデータを取るなどを行っていた。さらに東海道本線でビジネス特急こだまを運行させる。世間にスピードへの
アピールをしたわけだ。そして夢をみる職員たち。

こうした努力によって新幹線は開業され、その後の成功はご存知の通り。注意すべきはふたりとも国鉄や国の将来を考えて行ったことだ。

さて、この二人は開業の際の出発式に招かれていない。テープカットしたのは、なんと建設反対派の石田新総裁が行った。

「なに、無事に走ってくれさえすれば、それでいいんだよ」とは十河前総裁。
テレビで出発式を観た後、自宅の窓越しに一番列車が通過するのをみた島前技師長。

ふたりはそれだけで満足だったらしい。

長くなってしまったが、どんなに素晴らしいものでも多くの人の理解がなければ作れない。また夢がなければそもそもモノなどは作れない。

“技術というものは、そういうものだと思います。とんがった部分だけをツマミ食いしても、しょせんものんはできない。全員が反対しているときには、どんなに自信があっても、駄目なんですね。もしかしたらできるかもしれないな…と思いはじめる人が反芻近くでてくれば、これは、もう努力すれば必ずできるんです”

これはP275で、既に1903年にベルリンで最高時速210.2kmの試験電車の走行実験が成功していながら実用化されなかったことについて島が語ったところだ。つまりこの時点で200km/hを超える高速列車の基礎的な技術はほぼできていた。

今を顧みると、そもそも夢、将来こんな風な世界になるという夢が、日本にとても不足していると思う。一部の技術者だけではできることもわずかだ。技術者にはもっともっと夢を語り、情報を発信してもらいたい。NASAの手法を習ったJAXAはある程度成功しているが、日本の研究機関はもっともっと国民に夢を。

さてJR東海のリニア新幹線はどうなるだろうか。

“ひかり”の速さで小田原へ。そして道了尊へ。 

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21日は小田原だったのだが、所用のうちに家を出るのが遅れてしまった。そこで新幹線でいくことに。
菊名でJR横浜線に乗り換える。菊名駅で新幹線のきっぷを買い求め、新横浜駅へ。人の流れについて行って改札にキップを入れると特急券だけ出てきて乗車券がない!改札も閉まる。焦る!上を見る。
出口と書いてあるではないか…orz

駅員さんにお願いしてキップを探してもらうが、誤投入の書き込みをしているところで違うキップだと気付き、再度二人して改札機へ向かい…こだまが行ってしまった。
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ま、最近は小田原止まりの“ひかり”もあったりで、数分後にやってきた。ドアが開くと車掌のお出迎え。席に着くなり検札。それにしてもガラガラでしたなぁ。朝の新幹線なのになぁ。
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午後は税理士先生が来社。大雄山の道了尊に行ったことがないというので暇でもあるから社長が案内することになった。匝も行ったことがなかったので同乗して出掛ける。
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いやいや、すんごい山奥だった。これを大雄山の駅からあるい行くって言ったら大変だよぉ。
見どころはあまりなかったと思う。
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さぁ、帰ろう 全天周映画HAYABUSA 

100120a.jpg今年2010年6月に地球へ帰還する予定の小惑星探査機“はやぶさ”。
太陽系が誕生した46億年前の岩石を小惑星“イトカワ”で採取して地球へ持ち帰ることを目的としていたが、幾多の困難に遭遇し、そしてその困難を克服しながら地球への帰還を目指している。

この“はやぶさ”の大航海を全天周映像で観ることができるのが
全天周映画“HAYABUSA”なのだ。

 【今日現在の上映館】
 東京都 サイエンスドーム八王子府中市郷土の森博物館
 神奈川県 相模原市立博物館
 愛知県 とよた科学体験館
 福島県 こむこむ館
 千葉県 千葉市科学館
 大阪府 大阪市立科学館

日本の宇宙開発史の中で、これほどまで待ち焦がれ、有名な探査機はないのではないだろうか。
旅立つ前のキャンペーンは「星の王子さまに会いに行きませんか」というものだった。
世界初の試みとして、イオンエンジンの搭載や月以外の天体からの資料持ち帰り(帰還成功時)。
NASAのような派手さはないけれど、山椒は小粒でピリリと辛い日本の技術に誇りを持って、はやぶさの帰還を迎えたいものです。“イトカワ”からのおみやげに期待して。

劇場へ観に行ってみよう!

予告は次の通りです。


公式サイトへはこちらのバナーから
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宇宙から見たオーロラ展 

新宿東口にあるコニカミノルタのギャラリー“コニカミノルタプラザ”で「宇宙から見たオーロラ展2010」が行われている。

ギャラリーであるので写真展などが行われるのであるが、オーロラ展では映像展示も行われているとのこと。
JAXAも協力し宇宙からのオーロラ映像を見ることができるとのことだ。この他、地上からのオーロラ、JAXA宇宙飛行士の若田さんと野口さんの紹介もあるとのこと。音声ではブログ記事“宇宙からの口笛”にも書いた“コーラス”を聞くことができる。

これは一度覗いてみたい。
今年はまだ太陽活動が低調だと思っていたが、意外とオーロラを見ることができるらしい。
これ見ちゃうと、小さいモニタではなく満天でオーロラ見たくなりそうだ。

http://konicaminolta.jp/plaza/schedule/2010january/aurora/index.html

オーロラ生中継もしていて、遊造によるライブも行われている。
http://aulive.net/

遊造ではiPhoneアプリ“オーロラ中継 ”アプリもあるそうな。
http://aulive.net/ip/


花籠 ふわふわな出し巻き玉子 

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ずっと気になっていた出し巻き玉子を頼んでみた。寿司屋とか、出し巻き玉子でお店の腕がわかるって話もありますよね。

花籠のご主人が作ってくれる出し巻き玉子は、ふわふわ。そうですね、マシュマロの玉子版でしょうか。
巻いてある玉子の薄いこと。そしてあっさりした味はだしを多く使っているのだそうです。お子様には物足りない、大人の出し巻き玉子。お勧めです。

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豚肉のアスパラ巻きもどうぞ。

ちなみに…。最近、更新がはかどらず、この玉子は先週食べたものだった気がします。

Mebrootとの戦い その2 

前回のMBRに潜むウイルス“Mebroot”のお話の続き。

Mebrootウイルスを対峙すべく回復コンソールでMRBを書き変えたらWindowsの起動ができなくなり、KnoppixはCDの作成に失敗してその日は終了ってとこまででしたね。

その夜は寂しくお酒で心を癒し、翌朝対策を考える。

“Bart's PE Builder”という、いつも使っているようなWindows環境をCDで起動できるようにするソフトがある。これはWindowsのCDからブートCDを作ってしまうというものだ。リカバリCDなどでは少し手間がかかるが作成することができるらしい。詳しくはマイコミジャーナルの“自分好みの緊急用ブートCDをつくろう! ~Bart's PE Builder~”を参照されたい。

このブートCDを作り“Testdisk”を使ってMBRの復旧を目指すという作戦。

とりあえず自宅のDELLパソコンのための緊急用ブートCDを作成してみるが、DELLのリカバリCDは独特で不足している環境ファイルなどを補う必要があり、専用のソフトもあることまでわかったが時間がかかりそうなので途中でやめた。実際に作り始めると早々にエラーが4つも発生して“Bart's PE Builder”は停止してしまう。DELL用のブートCDでは会社のEPSONを起動することはできない。

というわけで“Bart's PE Builder”を持って会社へ向かう。

製造部長殿のEPSONの愛機PCに付属するリカバリCDからブートCDを作りはじめる。
1つだけファイルがないよ、といわれながらもCDは完成。早速、CDからのブートをするが起動途中で1つだけないファイルのおかげで起動が停止した。“Bart's PE”によるCDブートはとりあえずやめ、Knoppix6でのブートに変更。

CD-RWを利用していたので消去に時間がかかり、Knoppixの書き込みも時間がかかる。

最新のKnoppixには標準で“Testdisk”が入っている。Knoppixを起動し、シェルから“Testdisk”を実行する。

実際の手順は“Testdisk”の記述を参考にしてください。

結果的に、パーティションテーブルやパーティションブートレコードは破壊されておらず、保存されているファイル類の存在も確認できた。手順を進めて“ブートセクタ”の回復を行う。

“Testdisk”を使ってブートセクタのオリジナルとバックアップを比較してみることができる。これを見比べると明らかに全然違う。バックアップにある“NTFS”の文字はオリジナルになく、比較するまでもない。オリジナルをバックアップに上書き処理。“Testdisk”を終了させ、HDDからの起動を行うと…

Windowsのロゴが浮かぶ上がった!!

デスクトップ画面が表示された後、NOD32からウイルス発見の警告が!!

ウイルスまで復活した。おそるべしMebroot。いまだ駆除できず。

地震予知のメモ 

Twitterにつぶやいた地震予知に関するメモ


地震前駆現象にはいくつかあるが、毎回同じ現象が起こるわけではないようだ。繰り返し発生する地域なら似たような前駆現象が現れることも考えられるが、ある地域で見られた地震前駆現象が他地域で見られるということは期待できない。

個人的には地震前駆現象のいくつかは地下水の挙動による副要因と考えている。深いところの地下水は温泉のようにイオンをかなり含んでいると考えられ電気を帯びている。この水(電気)の移動が広範囲、大量になれば電磁気的な異常として地表にも影響を与えると推察している。

たとえば動物の異常行動や、特に乾燥期であれば放電ノイズや沈積ノイズが、または地磁気異常や広範囲であれば電離層への影響など。ただどれもが別の要因で説明ができてしまうので複数の異常を捉える必要がるだろう。

プレートのあるあたりでは、圧力と熱で一般にみられるような水の性質とは違うと考えられていて、圧力と熱のちょっとした変化でプレートが変質しすべりやすくなったりする説明がある。これらがゆっくり地震のひとつの原因と思われるが、楔のように動かない部分もあり、これらをアスペリティとみている。

結構、水の挙動と地震については注目している先生も多いですよ。ただ地震前駆現象から地震の発生を予測するには、確率でしか表現できないです。天気予報だって確率表現でしょう。

だから当たるかどうかわからない予知にお金を使うより、防災に力をいれるべきと考える人も多い。理学では地震発生のメカニズムのために予算をまわしてほしいなどいろいろですが、まぁ、バランスでしょう。緊急地震速報なんて頑張っていると思います(新幹線のユレダスの方が先行してたけど)。

NHKスペシャルは未見ですが、ここ数年の研究を知りたければ「地震予知の最新科学」がお勧め。

GPSからの電波遅延やVLFの位相変化で地震前駆現象を捉え、地震発生を予測するグループもいますね。地磁気は直流電車や工場からの電気の影響を受けるので精度の高い観測には向きません。また日周期や年周期を前駆現象と勘違いする人もいるので注意です。

地震と言えばナマズ。しかしナマズが暴れる頃にはウナギは姿を消しているという話。ということはウナギの方が敏感では?

二子新地“喜月”のおでん 

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新年、遅ればせながら“喜月”に行ってきた。おっちゃんもおばちゃんもジュニアさんもお元気でなによりです。
「写真撮れ、写真~」
という、おっちゃんの指導で写真を撮ることに。
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“喜月”、おでんやってます。
匝は練り物が好きではないので、大根、玉子、昆布、牛スジ、シラタキ、念のためウインナー巻きでした。
ウインナー巻きのウインナーは赤い奴なのね。

今年もよろしくお願いします。

Mebrootとの戦い その1 

MBRに潜むウイルス“Mebroot”のお話。

会社のPCに入れてあるアンチウイルスソフトは“NOD32”。これがライセンスが切れるのと現バージョンのサポートが終了するため、V2.7からV4に変更する作業をした。

製造部長のPCの番でNOD32をインストールし再起動すると、赤い警告が!
どうもメモリー領域にいらっしゃるらしい。もう一台のサブPCでは何も出なかったが、検査すると24個も発見された。
ポチッと駆除・削除。NOD32は非常に軽快なアンチウイルスソフトだが、万一入りこまれてもわからない。ウイルスが動き出すと警告が出るしくみなのだ。もっともWEBやメールなどはちゃんとチェックしているので大丈夫。毎回、HDDの検査をしないだけ。

メイン機の方もポチッとするが駆除できず。ないなに“Mebroot”ウイルス、トロイの木馬だと。

この“Mebroot”の特徴はMBRというWindowsの起動に必要な領域に潜んでいるというところだろう。HDDにあるMBR領域に感染し、起動のたびにMBRはメモリ領域にコピーされる。多くのアンチウイルスソフトではMBR領域には手が出せないらしい。

「なるほど。では回復コンソールでMBRを修復すればいいではないか」
なかなかいいアイデアである。リカバリCDで起動し回復コンソールを立ち上げ“Fixmbr”コマンドを実行。

再起動するとBIOS画面から真っ黒な画面に…。あれ?

PCからHDDを取り出し開発部長氏に確認してもらうと、“フォーマットしますか?”などと聞いてくるではないか!
匝の心のダメージは100増えた。

ネットをさまようと“Testdisk”なるソフトがあることを知る。MBRを修復するソフトだ。

ただしHDDでWindowsを起動できず、また自由に使えるPCでHDDを増設できる機種もない。
CDブートしかない。CDブートといえば“knoppix”だ。ちょうど緊急用のknoppixCDもある。そしてknoppixには標準でLinux版のTestdiskも用意されているらしい。

ということで緊急用knoppixで起動したがTestdiskがみつからない。どうもバージョンが古すぎたらしい。
そこでknoppix6をダウンロード。このイメージ(iso)ファイルをCDに焼けば終わりだが、会社の匝PCにはイメージが焼けるライティングソフトが入っていない(いや、あったと思うのだが…)。そこで谷やんに依頼。

仕事の合間に焼いてもらい試しに起動。起動…、なんか黒いままなんですけど。そしてPCから異音が。どうやらCDドライブが繰り返し唸っている気がする。

匝はさらに50のダメージを受けた。かなりへこみましたよ。
今日はここまでにして、寒空の中気晴らしに飲みに行ったわけです。無言酒…。

[つづく]

新カテゴリのお知らせ 

最近、更新が滞り気味ですが、ちょっと仕事が忙しいのとツイッターに時間がかかっているのが原因です。
まぁ、ツイッターはほどほどにするとしても、新たに業務が増えるためにブログに書くことが減りかねません。

そこで匝は考えました。復習がてら学習内容をブログにアップしてしまえば一石二鳥ではないかと。
もちろん、従来通りまとまりのないネタは書き続けるつもりですが、ちょっと内容が偏ると思います。匝も素人なのでむしろ一般のみなさんにも理解できるものにしたいと考えています。

事務系ではありませんのでご安心を(安心していいのか?)。

ネタは油圧の世界です。

いのちの食べかた (よりみちパン!セ) 

いのちの食べかた (よりみちパン!セ)
いのちの食べかた (よりみちパン!セ)
おすすめ平均
starsこどもに、おとなに、読んで欲しい。
stars絶対に目をそらさないで欲しい
stars牛、豚さんがパック詰めになるまで
stars肉だけに終わらず
stars忘れていた命の食べ方

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お肉はどこからやってくるのだろう…

匝の家は精肉店だったので品川芝浦の食肉センターには何度か連れて行ってもらったことがある。屠畜(屠殺)する現場はみたことがなかったが、皮をむかれて頭は切り落とされた身体を半分に切られた牛(つまり二枚下ろし)がたくさんぶら下がっているのを見て大きさにびっくりしていたものだ。これらを枝肉というのだ。

この本は、お店に並ぶお肉と牧場などの牛や豚などの間にある知らされない秘密が書かれている。
同名の映画“いのちの食べかた”(原題:our daily bread“日々の糧”)は、現場を見て知ってもらい、あとは自分で考えてもらうようナレーションなどの説明はなかった。この本はもっと奥深いところまで踏み込んでいる。

そう書くとむずかしいように感じるかもしれないが、小学生に語りかけるような文体で漢字にもルビが振られている。大人でも十分に満足できる内容だ。

「お肉はどこからやってくるのか」。お肉屋さんやスーパーの食肉売り場から買ってくるのは知っている。その牛や豚などは牧場などにいることも知っている。こんなに身近なことなのに、その牧場の“生き物”が、店先で“食べ物”になる間のことを多くの人が知らない。どこで“生き物”から“食べ物”になるのか。

そして問題は、知ろうとしない人々なのだろう。

食肉の歴史、古い考えからの差別。そして食肉だけでなく、世の中いろんな真実が隠されていることが明らかにされる。

読んでとても印象に残ったのは、ある職人の話だった。
『戦後間もなくて豚や牛なんてほとんどいない頃、大きな山羊がと場に連れてこられたことがある。山羊のと畜など、誰もこれまで経験がなく、命じられた彼は、ハンマーで眉間を殴ったが、豚なら気を失うはずなのに山羊は倒れない。あわてて何度も殴ったが、山羊は血だらけになりながら、やはり倒れない。最後に仕方なく、ナイフで止めを刺したという。
 これだけの話を語りながら彼は、「あの山羊には本当に申し訳ないことをした」と何度も繰り返した。日焼けした目許には、いつのまにかうっすらと涙が滲んでいた。もう半世紀も前の話なのに、一匹の山羊を苦しめて殺してしまったことで、彼は今もこれほどに苦しんでいる』

屠畜する職人がどんな思いで仕事をしているのか、一般の人が知ることはできないだろう。少なくともこの職人は、屠畜する際に苦しめないように仕事をしているのだろう。

ところで屠畜をみて「かわいそうだから、肉を食べるのをやめる」というのは、読み進めると全然解決にならないことがわかる。肉だけでなく、化粧品や調味料、革製品などありとあらゆるものが牛などから作られている。今の生活を避けることができない以上、どうしてもかかわってしまうことだろう。ここにも感謝。ごはんを食べる前の「いただきます」は“いのち”をいただくという意味だということを再認識しないといけないと思う。

「かわいそう」と思うことはいいことだと思うが、ここで考えなしに反対運動をしてもしょうがない。人から聞いた、テレビで見た、というのは知ることのいいきっかけであって、何も考えなしに信じることはいけない。
まだ健康によい食べ物とかをテレビで見てみんなで買いに行くならいいが、その姿勢は新たな差別や紛争を起こすきっかけにもなるのではないか。その時、みんなはいったん立ち止まって知り、考えることができるだろうか。

この本は最後の方でこのことも書いている。“思考停止”について。

大切なことは「知ること」なのだ。

日本独自の技術 

日本の宇宙開発はJAXAが主導したように思われるだろうが、JAXAは宇宙開発事業団(NASDA/産業)と宇宙科学研究所(ISAS/科学)、航空技術研究所(NAL/航空)の3団体が統合したもので、それぞれが独自に研究開発したものだ。

ISASは、もともと東大生産技術研究所から独立した組織で、ロケットの開発は東大生産研とプリンス自動車(日産)によって進められた。目的は超音速旅客機開発への一歩だったらしいが、YS-11の開発のために航空研ができたためロケットと衛星開発に軸足を変える。宇宙開発事業団の誕生で産業用途から科学分野に限定され東大宇宙航空研究所となる。予算も巨大化し東大だけでは賄えなくなり、文部省に移管された。

日本最初の人工衛星は宇宙開発事業団ではなく、東大宇宙研が最初だ。

宇宙開発事業団のロケットは液体燃料である。世界のロケットの流れはナチス・ドイツからアメリカとソ連に技術が分かれ、さらにアメリカから日本の宇宙開発事業団へと流れているので、今持ってドイツの技術が支えていることになる。

ただISASのロケットは固体ロケットであり日本独自の技術で作られた。惑星軌道に投入できる固体ロケットを持っていた国は日本だけといっていい。大陸間弾道弾でさえ液体ロケットエンジンだしね。

花火師の技術ってわけではないが、世界に誇れる技術であったわけだ。固体は原理は簡単だが、実際に運用するには難しい。そんな予備知識で持ってから動画を見ると楽しめるかも。



動画中で単にロケットを上げる目的から、軌道に衛星をのせる目的の所で失敗を繰り返したとあった。各段階でどうしても試行錯誤が必要となるのが技術開発だと思う。この部分を無駄とか言われると技術立国として成り立たなくなるのだ。主婦感覚ではいけないのだよ、教育とか科学技術とかって。

ところで宇宙開発事業団は液体ロケットの開発をやっていたがどうにもうまくいかなかった。このへんは本で読んだことがあるが、タイトルなんだったかなぁ。日本はアメリカの技術を得るためにダメもとでNASAに見学へいったらしい。アメリカは見せてくれたそうだ。どうせ見てもわからんだろうってバカにしてたんだな。そして日本の技術者はうなだれて帰ってきたという話。本当かどうか、よくわかりませんが。ISASは日本初の衛星を打ち上げどんどん技術開発が進んでいたのも焦るところだったかも知れない。

記憶だけで書いているので記憶違いもあるかも知れないが、ガックリきたところで静岡大学の教授だったかがソ連のエンジンを見せる機会があり、それをみた技術者は「これで飛ぶなら俺たちにもできる」と思ったという話だ。このあたり再度調べてみよう。

このへんにアメリカとソ連の設計思想の違いを感じるな。結局、日本はアメリカからエンジンなど一部完成品を提供してもらい打ち上げることになった。他にライセンス契約の部分もあった。この一部完成品は開封厳禁。Nロケットはアメリカの管理下であったわけだ。このNロケットで多くの技術習得をし、国産技術100%(かな)のHロケットへと進化する。

固体ロケットはMロケットで終了。コストが高いのと大型化で固体ロケットの欠点である振動がはげしくなり、衛星に悪影響がでることで新型ロケットの開発を開始したが順調にいかず、仕分けでとどめ刺されましたね。

関心があればロケット開発の歴史を調べてみてください。固体ロケットの歴史はおもしろいですよ。


初詣とおみくじ 

姪と甥の襲来である。屋内で遊び、昼食の後、毽子とメカトンボで遊びに公園へ。河原では風が強いと思いまして。
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毽子は主に匝妹と匝の戦い。毛羽根を足で飛ばし合うのだが、まったく続かない。蹴っても相手が蹴り返せないし、後半に至っては自分自身が空振りしたりで疲労困憊。周りで遊んでいた子供たちが遠巻きで眺めていた。
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メカトンボは購入したまま出動は1回きりでしたが、今回本格的に遊び倒すことができた。風はややあったものの飛行ができないわけではなく、姪と甥も段々と上達し地面すれすれのところから木に引っかけるくらいの高さまで持って行けるまでになった。周囲のお子さまの注目度は高く、特に小さな子は近付いていくほど。

これがですね、意図しているわけではないのだろうが人の方によく飛んでいくのですよ。匝も追いかけられたり、操縦者の方へ向かってきたり、近くのお子さま目掛けて特攻したり…。十分な距離を維持しておきながら、なんでわざわざ人のいる方に飛んでくるのか(?)

少しわかったのはある程度飛ぶと、電波が届かなくなって落ちるらしく操縦者はメカトンボを追いかけるのがよろしい。うまくラジコンでコントロールしているのだが、傍目に見ると電波以外の何かが、甥っこ姪っ子の額から力のこもったビームのようなもの(飛んでけオーラ?)が出ている気がした。

いやはやまったく、ご近所のみなさんにはお騒がせいたしました。キャベツ畑がなくなっていたのは残念ではありました。
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いったん家に帰り諏訪時神社で初詣。
破魔矢と子供らには交通安全のお守りを買った。そうだ、おみくじも匝が払っているのだが…。
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おみくじは“吉”。
「辛いことや苦しみのために幾夜も眠られぬことがあるかも知れませんが、心に神様を念じつつ短気を起こさないで辛抱強く月の満ちる時を待って招福繁栄の神様のお恵みを授かりましょう」

枕を涙で濡らす夜もありそうだ。

イモリ、あけおめです 

イモリのカルボさんも新年おめでとう。
変温動物でもあるので冷たい水槽から少しだけ日なたに出してあげた。もっとも撮影のためなのだがね。
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おかしら付のメダカと同居してしまい、一向に食べることがない。今日は新年初めての給餌のため赤虫解凍中。
冬季は週1回の給餌。冷凍赤虫のキューブ半分くらいを食べさせる。残りはアカヒレに。
イモリは食事は少なくても大丈夫なので、なんらかで1ヶ月程度なら餌をやらなくても大丈夫と言われる。もっとも2週間までなら経験あり。食べ過ぎたりして腹が膨れたら絶食させるのもひとつの手かと。
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温かくなってきたのか顔をあげて喉をひくひくさせてきたぞ。ピントがズレたのがちょっと残念。
このひくひく行動が何を意味しているのかは、さっぱりわかりません。

冬になると水から上がる傾向が増えるのは、越冬の本能のためでしょうかね。住居内であれば冬眠することはありませんし、冬眠は死の危険もあるので繁殖しないのであれば冬眠は不要でしょう。


初飲み会 

秋葉原巡礼後は飲み会である。ヨドバシ内のレストランとかは混雑が予想されたのでちょっと離れた“熱風食堂”へ。
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鶏鍋(塩)をつまみにマッコルリ(甕)をいただく。黒マッコリも美味しゅうございました。
ここで昨年の報告会。結構、会っていなかったので、旅行の話などで盛り上がる。
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さて、二次会は有楽町へ。数寄屋橋の屋外表示によれば7℃。酔いも醒めるわけだ。
イタリア料理の“イル バロッコ”へ。イベリコ豚の生ハム美味しゅうございました。
「やっぱり、これだよ」と言って高氏が頼んだのはタジン。
モロッコの鍋だそうで、蒸気の抜ける穴はない。砂漠の民の料理で、水は食材のものを使うため水分が抜けないように鍋はなっているのだそうだ。
今回の中身は、鱈とジャガイモとアサリ。本来は羊肉である。
この写真のためにお店の人に言って蓋を回収して撮影したものだ。すでにワインで酔っぱらっている。
そして今朝はやや二日酔い。ワインは駄目だなぁ。
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〆はチーズケーキ。本日は元日で閉店も早かった。高氏夫婦とはここで解散。日比谷線で家路に着きました。

初詣とアキバ巡礼 

新年早々、高氏より電話が入った。こちらは12月32日大掃除中。
「今、橋本なのだがどこへ行ったらよいか?」
「どこにでもいけば?」
「君ぃ、そんな冷たいことを言うのかね?」
などと話しているうちに秋葉原へ行くことになった。相手は京王で走れば1時間。こちらもすぐにでも家を出なければならないではないか。
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とはいうものの、初詣は地元から。綱島の諏訪神社へ表参道から入り山頂へつくと長蛇の列。列は拝殿から綱島街道まで続く。むむむ、これは明日以降にしよう。
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秋葉原到着。懐かしの秋葉原デパートは姿かたちがなくなっていた。
高氏と合流し、ヨドバシからなんとな~く初詣がしたいと言うので神田明神へ。秋葉原の街もかなり変わったが、ザ・コンの建物が墓標のようになっていて寂しい。明神下から人が多くなる。そういえば秋葉原も結構人出があったけれど初売り目当て?シュラフに入って店先に寝ていたのはなんだ?
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とりあえず“天野屋”で甘酒(350円)。酒粕で作っていない、お米の甘みが実にうまい!スーパーの甘酒なんて嘘もんだもん。
米と麹だけで糖化しなきゃ。そしてここに酵…(いかんいかん)
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神田明神もそれなりの人出。2礼2拍手1礼という作法を守ろうとしてもできるものでもなく、流されるままの参拝。
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明神下から秋葉原へ。男坂の下には“落武者”というラーメン屋。不思議なお店もあったけれど、カレー屋が多くなった気もする。ゴリラの看板のゴーゴーカレーは駅前にあったし、マンモスカレーという1kgのカレーを出す店など。街を歩けばネコに招かれる。
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それよりも電気会館の“古炉奈”が閉店していたとは…。今ではギルドレストラン“グランヴァニア”という名のメイドレストランになっている模様。
知っていたお店がどんどん変わっていくのは寂しい。じゃんがらには頑張っていただきたい。
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そんなこんなでアキバの街は夕暮れから夜へと変わります。

全て世は事も無し。 

新しい朝が来た!

2010年といえば、宇宙の旅。
小惑星探査機“はやぶさ”が幾多のトラブルを乗り越えて地球に向かっているが、6月にサンプルを持って帰還する予定。
旅に出るのは金星探査機“あかつき”。夏頃にH-IIAロケットで種子島より打ち上げられ、日本の得意分野である大気の観測が行われる。
100101a.jpg(提供 JAXA)
“あかつき”とともに打ち上げられるのは“IKAROS”。宇宙太陽光帆船で、太陽光(太陽風ではない)を太陽帆で反射することで反作用となる運動量を得て宇宙空間を航行する。“あかつき”と同じく金星へと向かう。応援メッセージも受付中。

夜空のイベント。
すでに今日未明には部分月食が起こりました。今年はこれを含め3回の月食、うち1回は皆既月食を見ることができます。
1月15日には西日本で部分日食を見ることができます。1月28日は火星小接近。

自分に視線を戻せばなるようにしかなりませんが、楽しい一年を過ごしたいものです。
おっと2月には台湾へ天灯を上げにいくのでした。

神、空に知ろしめす。全て世は事もなし。
本年もよろしくお付き合いのほど、お願いいたします。

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