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両生類はなぜ海にはいない 

両生類、水と陸に生息しているのだが、よく考えると海にいないことに気付くと同時に不思議に感じた。

ツイッターで呟くと参考になるページを教えてくれた。

脊椎動物ーカエルやイモリが海にいないわけ。
http://web-mcb.agr.ehime-u.ac.jp/evolution/vrt01.htm
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このサイトをざっと読むと、どうやら上の図のような進化を両生類はたどったらしい。

海棲の魚が淡水の川や湖沼に進出。
淡水に進出した魚は、河川や湖沼の影響なのだろうか、
1)呼吸する方法を鰓だけでなく食道から肺に変え、
2)それと海水と淡水の塩分濃度の違いによる体内調整機能のため腎機能が強化
された。

そして鰭(ヒレ)が肉質の総鰭類と薄くできている条鰭類とに分かれ、
総鰭類は肺魚へと進化。肺魚類は成体ではさらに肺を強化し、丈夫な肉質の鰭は脚となって陸上へと進出していったらしい。

つまり河川や湖沼という水位が一定しない環境が肺をつくり、陸上へと進出させる進化への圧力があって、両生類が誕生したらしいというのだ。

ところで淡水に進出し陸上に上がる手前で諦めて(別に諦めたわけではあるまいが)海に帰った仲間もいる。
それらは条鰭類で海に帰ったために肺は必要でなくなり、今度は肺を浮袋に変える。
この仲間はマグロなどおなじみのお魚となる。海で浮袋を持った条鰭類は再度淡水へと進出して淡水魚になったということだ。

肉質の鰭をもつ総鰭類も陸上に進出しないどころか淡水からも離れ、海に戻った仲間はシーラカンスの仲間だそうだ。こちらも肺は不要になったが深海底に住むようになったため空気の入った浮袋ではなく脂肪を詰めた組織になったようである。深海では圧力で浮袋がつぶれないようにするのは大変だったのだろう。

海岸あたりで陸上に上がるというシナリオはあまりなかったようだ。
逆に陸上に上がった両生類が海岸に進出しなかったのはなぜかとも思うが、両生類の成体の多くが昆虫を食べているからかもしれない。もう至る所にみる昆虫もまた海で生きるモノがいないのだ。

また興味あったら続きを書いてみよう。


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バリケン島の整備 

3月16日、鶴見川綱島付近にある通称バリケン島。
自然にできた堆積物の島は、河川内の環境整備工事をしているがこんな感じになっていた。
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オギやガマが生えていたあたりは草が全部刈られ、とってつけたように菜の花が植えられている。
ガマ、もったいなかったなぁ。
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子どもたちがよくカニやボラの子などを獲っているあたり。泥が土に変わってしまったような。
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うーん、いかにも人工的につくっている(当たり前だが)。結構、島の水辺のあたりを削ってしまったのでカニ類がどうなったか心配だ。こちらも菜の花らしきものが植えられていて、人工的に自然を演出しているように思えるのだが。
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花を植えたりせずに自然のまま放っておくことはできないのかな。


浦安の液状化の瞬間 

3月11日の東北地方太平洋沖地震の発生直後と思われるが、たまたま浦安市内の明海にあるセブンイレブン前にいた方が液状化で噴砂がでる瞬間を動画で捉えていました。

時折“ジャッジャッ”という音がするが、動画開始から28秒あたりで道路と敷石のタイルの境をみていると音共に道路が左に、次にじわじわと右に戻っていくのがわかります。

その後このセブンイレブン明海店は砂に埋もれてしまったようです。

新浦安ナビ:セブンイレブン明海店が液状化により砂に埋まってしまいました
http://www.shinurayasu-navi.com/topics/2011/earthquake8.html


大きな地図で見る

津波を乗り越える巡視船 

海上保安庁宮城海上保安部所属の巡視船“まつしま”(PL126)が、東北地方太平洋沖地震発生後の15時50分頃、福島県相馬市沖5キロを北に航行中に右舷から襲来する津波をレーダーで確認。

その後、津波に頭を向けて沖に退避中に高さ10mの津波に遭遇。その緊迫する様子が動画で公開された。


通常、津波は海が深い沖では低いのだが海岸から5キロで10mとは、想像を超えるものであっただろう。

10分の長い動画。


毎日新聞:海保巡視船レーダーに映った津波の映像を公開
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110318mog00m040016000c.html

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横浜西口被災状況 その2(暫定版) 

(前回からの続き)

一の橋交差点付近、ダイエー裏手
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横浜国際ホテル角の噴砂?
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横浜国際ホテル向かいYBS南幸ビル敷地(ビブレ隣)
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ビブレ側ダイエー駐輪場
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相鉄側ヨドバシカメラ裏手
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ヨドバシカメラ横浜駅前ケータイワンセグ館
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ヨドバシカメラ横浜駅前ケータイワンセグ館通用口?
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横浜西口被災状況 その1 

3月11日の発生した東北地方太平洋沖地震は横浜にも被害をもたらせました。
3月16日に立ち寄った、横浜駅西口の一部では地盤が沈降・隆起するなどした模様です。

特にダイエー横浜西口の付近では被害を目にすることができます。

ダイエー正面入り口付近
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移動して街路樹で止まるコンテナボックス(銀だこ)
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ダイエー専門店 ポンテ(パン屋)前
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ダイエー隣、東急ハンズはすむかいのPRONTO
こちらは扉や階段も結構な被害があった模様です。
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PRONTが入居するビルとダイエー新館の境付近。
Googleマップのストリートビューで比較すると建物はそのままで土地が沈降したようにも見える。
まぁ、どっちにも見えるんですが。建物自体の被害がないようなので土地が沈下したとみるのが妥当な気がする。
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ダイエー新館、入り口付近階段
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ダイエー新館、新田間川側の駐輪場
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(つづく)

より大きな地図で 横浜西口被災状況 を表示

震災停電 

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。宮城県沖を震源に福島県沖、茨城県沖へと断層が次々に崩れてMw9.0の大きな地震でした。その時間は約5分。神奈川県東部も震度5弱。川崎の職場は幸いにして停電になりませんでしたが、広範囲で停電になり、苦労して帰宅した綱島の街もまっくらでした。

いつもの鶴見川。クリックすると大きくなります。
鶴見川両岸は真っ暗で、空だけが横浜や東京の街灯で光っています。奥の東横線橋梁の向こう側は、なぜか明かりが。街によって送電されていたり停電であったり。
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大綱橋から綱島街道を綱島駅側の交差点。街は真っ暗なのに、信号はついています。
実は車で送ってもらった帰路、街のほとんどの信号は動いていなかった。要所では警官による交通整理。しかし大きな街道の交差点ではこうやって動いていました。
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本屋さんの前に何人もの警官が。発電機で信号機に電力を供給しているようでした。
そんな仕掛けだったんだ。
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この交差点を綱島街道から子母口への道路を綱島駅方面へと進む。
高田、新城駅駅方面のバス通り。まっくらで、信号も消えています。
東急バスは運行を続けており、帰宅難民となった人々もぞろぞろ歩いていました。
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綱島街道は東京方面へ向かう車列。
上下を帰宅する人、ひと。
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綱島温泉前の信号は消灯。他の道では警官が交通整理していた。
不思議なのはそれほどクラクションを鳴らしたり割り込みなどなく、整然としていたことだった。

明日から輪番停電。がんばりましょう。

ISSと航空機 

昨日、3月9日は退役するスペースシャトル・ディスカバリーと国際宇宙ステーション(ISS)が通過するのを横浜でも見ることできました。ディスカバリーは無事、帰還を果たせたそうです。

今回は写真ではなくビデオ撮影に挑みましたが、何もない夜空をHDビデオカメラでピントが合わせられず、ボケた動画になってしまったのが残念。

ディスカバリーとISSは約2分ほどの差もあり同時に撮影はできませんでしたが、ISSと航空機は撮影できたのでそこだけ動画アップしておきました。


今晩は月をかすめるウワサ。

ホームの青い光 

綱島駅上りホームに下りると顔色の悪そうな利用客が。いや、全体的に色合いがおかしい。
フッと見上げると、青いLEDランプが…。
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これは!doggieさんのブログで紹介のあった青いLEDランプ

自殺防止用に鉄道会社各駅で設置されているそうです。ここもたしか数年前に事故があった場所…だったかも。


純米ストレートあま酒 

イチゴ狩りの日、秋葉原の駅でミルクスタンドでみかけた甘酒。

酒粕でなく、米と麹で作ったものらしい。飲んでみるのほのかに上品な甘さ。
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ここに酵母を入れたら…げふんげふん
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宝来屋:純米ストレートあま酒
http://www.e-horaiya.com/items/amazake/002/

鶴見川の流れを変える 

2月20日、慶應日吉校舎で行われた「鶴見川流域総合治水対策30周年記念シンポジウム」を覗いてきた。

本当は第1部の水害体験談を聞きたかったのだが体調おもわしくなく、ポスターセッションだけを見てきた。

受付に行ったら驚いたことに満席で配布資料もなくなっており、プログラムのコピーだけを貰った。
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鶴見川の治水方針は従来の総合治水だけでなく、今後は次の5つの柱で行っていくとのこと。
1)治水
2)水環境
3)自然環境
4)防災
5)水辺ふれあい
以上の方針で目下、鶴見川は整備中である。
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さてポスターを見ていて驚いたのは鶴見川改修の写真だ。
綱島あたりは川底を深く川幅も広げたりしたのだが、JR(当時は国鉄)橋梁付近はなんと流路をも変えていたのだった。
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上の写真は矢印が書いてあるのが昔の鶴見川。上が上流で下へと流れている。注目してほしいのは高圧鉄塔の位置(赤矢印)。鶴見川右岸(右岸とは川を下っている時の右側の岸)に立っているのがわかる。

ところが下の写真は上流から下流を望んでいるのだが鉄塔が左岸にあるのだ。
もう一度上の写真をみると鉄塔の右側に入江のようなところがあるが、ここが新しい流路を掘削しているところらしい。東海道本線などの橋梁も地上にあるうちから作られている。
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これは地図上からもみてとれる。昔の堤防脇の道がそのまま残っている。
横須賀線脇の土地は高くして分譲してしまったのかな。
とにかく鶴見川は氾濫の歴史があり、水害と治水の歴史でもあった。そのため鷹野大橋付近までは無機質な川だ。
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新しい鶴見川治水5つの柱で豊かな鶴見川となってほしい。

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