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二重スリット実験 

原子や電子など小さな世界では、身の回りの経験では体験できない奇妙な現象が存在する。
その代表的なものは二重スリットの実験だ。

動画をみてわかるとおり、粒子とされる電子を二重スリットを通してスクリーンに当てると、波の性質である干渉縞ができる。さらに、スクリーンに当たるまでにどこにいるのか観測すると、不思議なことに干渉縞はできない。これがいわゆる「粒子であり、波である」という奴だ。


動画中の、二重スリットの前で粒子が二つになり、スリットを通り抜けた後、お互いが干渉しながら一つになってスクリーンに当たる説明はあくまで例えであって、実際にはそうではない。そうであれば質量(エネルギー)が二つ分になるのは理解しがたいし、スリットの直前で二つに分かれたら光の速度を超えてしまい相対論に反する。せめて半分に分かれるといわれれば、まだ納得できる範囲だろう。ま、大勢に影響はないが。

二重スリットの実験もそのままであれば「粒子であり波である」で納得はできないが理解しようと努力できるが、観測すると「粒子」と同じになってしまうのは困った事実である。観測している時としていない時では結果が変わってしまうのだ。

夜の月だって、誰かが見ていなければどこかフラフラしていることだってあるよってことなんだから。

それでは人間が観測することで世界が成立しているのか、という人間原理みたいな話になりそうである(実際、この動画の趣旨はそんな話で、科学を根拠に神秘主義満載らしい)。

観察というか、電子の位置を測定するには光などを使う。すると電子は光と相互作用を起こして、位置がわかる代わりに運動状態が変わってしまう。この時、波の性質がなくなってしまうとされる。ちなみに似たようなものに不確定性原理というのがあるが、不確定性原理とは違ってこちらは測定誤差のようなもの。不確定性原理は、位置と運動量は同時に確定できないという測定以前の問題だ。

二重スリット問題の解釈には3つの解釈がある。
ひとつは有名な「コペンハーゲン解釈」。これは観測するまではいろんな状態の重ね合わせでどこら辺にいるかは確率的にしかわからないが、観測した瞬間に収縮して位置が確定する。というもの。
有名なネコでいえば、箱を開けるまでは生きているのか、死んでいるのかわからんちんって奴だ。
逆を言えば、観測したから死んでしまったっていうこともいえるわけで、いま一つ納得できかねる。

もうひとつは「多世界解釈」。観測した結果その位置にいたのは、その位置を観測する「私」だったからで、別の世界では別の位置にいる電子を観測する「私」がいるっていう解釈。ネコだと、ネコが死んでいたのは自分がネコが死んでいる世界の「私」だったからで、別の世界では生きているネコをみつけている「私」がいるはずだ、と、こちらもSF(少し不思議)状態だ。

いまひとつは「パイロット解釈」。こちらは結構いい線を行っている。
電子が飛び出した瞬間からパイロット波という波が発生し、その波の強いところを辿って電子が飛んでいくので波の性質である干渉縞が粒子でもできてしまうというもの。波の強いところは複数あるのでそれをあみだくじの如く辿っていくわけだ。これは理解しやすい。
しかし、パイロット波って発見されていないし、この解釈を数式にすると計算がとてもややこしい。はっきりいって確率の問題なので「コペンハーゲン解釈」で使う波動関数で十分対応ができるので廃れてしまった。同様に答えが一緒になる「多世界解釈」も実務では使われない。

最近では電子よりもはるかに大きいフラーレン(ここでは炭素原子60個でできたもの)でも二重スリット問題は再現されることがわかっているが、高温にしてやると波の性質がどんどん弱まり、干渉縞がなくなることがわかったそうだ。高温にすると熱を放出するのでどこにいるのか放熱を観測するだけでよい。電子の時のように光などを当てていないので測定器の影響はないのだが、飛んでいるもの自体が位置を教えてくれている場合でも波の性質はなくなってしまうのだ。

結局、位置がわかると波の性質が弱まるのは同じなのだが、なんらかのヒントにはなりそうだ。


動画の元ネタについては後日、書いてみよう。

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コメント

自分としてはパイロット波の解釈が一番しっくりきますね。パイロット波が波だから、電子は波であるという仮定に基づいた式で、パイロット波を辿っている電子の軌道が予測できるだけ。

じゃあパイロット波はなんで観測できないのだろうって考える。波は観測できないって言ってる人たちの言葉通り観測できないだけなんでしょう。っと、これは言葉遊び。

粒子の軌道が変わるのは何かに作用されているからだから観測できるはずだって反論ができそうです。でも、そもそも粒子の軌道を変えるのにどれくらいのエネルギーが必要かわかるのかな。そのエネルギーは観測できるのかな。真空中であっても光子の影響はありそうですし、電子に玉突きされた光子がパイロット波だと仮定したとして、光子の動きは観測できるのでしょうか。

Re: タイトルなし

パイロット解釈がしっくりするように思われるのは、電子を粒子として扱い、その粒子がパイロット波という波(場?)を転がっていくイメージだからでしょうか。転がっていく波自体は仮想のものでありまた不確定性がありますが、電子の方は粒子として理屈上、位置と運動量が確定している。観測してもわからないのはパイロット波が原因で、粒子である電子の問題ではないというものですよね(正しい理解かな?)。

粒子の軌道が変わるのは、粒子が乗っているパイロット波のポテンシャルの低い方(高い方?)へ移動すると考えているからではないでしょうか。それが場みたいなものなのかわかりません。ただ結果はコペンハーゲン解釈と同じで波動関数に従うので、考え方にこだわらず、計算だけであれば道具主義で割りきってしまっている気もします。

そうすると科学は世界を明らかにできず、世界を解釈するだけでしかなさそうです。

パイロット波の考え方だと電子は粒子となります。粒子が動くには『何か』に作用されなければいけない、それが別の物質(光子とか)による衝突による作用なのか、場(重力、電磁場)などによる場の中でのみ発生する力なのかはわかりません。そのどちらかであるとしか今の自分には仮定できません(他の物理現象しらないので)。前回書いたコメントは場ではなく物質(光子)による作用かなと仮定したものです。光子が物質であるかどうか自分の知識ではなんとも言えないのですが、ソーラー電池は光子の衝突を利用したものだったような気がしたのでそこから想像しました。丁寧なコメントありがとうございます。

  • [2009/12/10 10:41]
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  • 再び通りすがり
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そうですね。パイロット解釈の目的(っていうのかな)は、ニュートン力学などの古典物理で観測問題を捉えようとしたため、電子などを粒子と仮定して量子力学の現象の説明をしているといわれていますね。
前回“場”と書いたのは、ひとつしかないスリットでは波の性質よりも粒子の性質しかみえない。もし何かと相互作用していたらスリットがひとつの時の説明がつくのかなって感じたからです。
答えの見えない問答ですが、いろいろあれこれ思考してみると楽しいです。もう科学というよりも哲学なんでしょうね。

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