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価値とは? 

“価値”って不思議ですよね。なんなんでしょう?

先日、社長と話していて、原油とか100ドルを超えるような高騰していたが今では50ドルもしない。株なんかもそうだが、消えた価値はどこへ行ったのか?

匝も昔は労働価値説っていうのもありかと思っていたんです。つまり働いた分だけ価値があると。
働いた人は自分が生活できる以上の労働をしながら、生活する分の賃金しかもらえない。余分に働いた分は資本家(経営者)が持って行ってしまう(搾取)。この余った労働を剰余価値っていう場合もあります。

わかりやすくいうと、1日生活するのに4千円必要としましょう。時給千円として4時間働けばいいわけです。なのに経営者は8時間働けとおっしゃる。または時給500円にされ8時間働かされるけれど、やっていることは時給千円の人と同じでもいい。結局、4千円分余分なモノを作ってしまい、それは働いた人はもらえない。

逆にタラタラ働いてもお金がもらえそうですが、そういう労働者には経営者も価値を見出しませんから本来は解雇されちゃうんでしょうね。

でも、これだと市場原理が働かない。物々交換でもいいんだけれど、どんなに働いてモノを作っても欲しい人がいなければ売れない=価値はないじゃないかと。

じゃ、市場原理でいうとどうなんのか考えると、欲望の価値ってことになるんじゃないかな。

ある有名なひげもじゃのおじさんがいいましたけれど、人間が必要とするものは何故か価値が低い。たとえば空気なんかタダですからね。水だって水道ひねればでてくるけれどそれほど高いわけではない。食べることもできない金はお高いし、見てるだけのダイヤなんてガラス切るくらいの役にしか立たない。

みんなが欲しがるから自分も買おうなんて子供ですよ。ガソリンとか株とか、みんなが買うから価値があった。みんなが買わなくなったから価値がなくなった。そんなところかと思ってます。

じゃ、消え去った価値はどこへいったのか。
匝は借金として残っているんじゃないかと考えています。みんなが買うものは価値がある。自分も欲しい。でもお金が足りないから借金して買う。だってみんなが欲しがっているから、価値が上がれば少し売って返せばいいじゃん。ってノリでしょうか。

オークションに落札があるように、欲望の価値にも限界があるのでしょう。限界に達すれば新たに買う人はいなくなる。みんな借金しているから、借金返済のために持っているモノを売ろうとするが買い手がいない。もっと安い金額で売るが、さらに安い金額で売る人もでてくる。借金を返すために投げ売りがはじまる。価値が一気に収縮しはじめる。

誰が最後に貧乏くじを引くのか…。金を貸した金融機関ということになると思うんですが、金融機関が倒れれば預金者が大損をくらうわけで、キリギリスが踊ったツケを富を蓄えていたアリさんが払う結果になりそうです。そうならないように国家が金融機関を救済するのですが、それは国債という借金に代わるだけではないか…もう少し考察が必要そうです。

市場原理は資源の分配には効率がいいんですけれどね。市場原理の下にみんなが清貧の思想があれば安定した経済と社会が訪れるのではないでしょうかね。ま、不景気も来ないけれど好景気も来なくなりますが。

残ったのは、借金と、売れる見込みで作った(仕入れた)不良在庫と、建設途中で止まった生産設備、紙となった証券。

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