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学問の神様 赤嵌樓 

まず、赤嵌樓の“嵌”は本来、“甘”の部分が“土”が正しく、文字制限でパソコンでは表示できないので、頭の中で変換してください。
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1652年にオランダ人が台湾の台南に城を築いたのが始まり。その後、鄭成功が大陸から台湾へ渡り、オランダ側を攻撃し、オランダは降服した。それを記念してオランダ人が降伏する場面を像にしている。現地ガイドによれば
「最初はオランダ人がひざまづいていたが、オランダ観光客などから“オランダ人はひざまずくことはない”との抗議を受けて作りなおしたんですよ」といっていたが、果たして?
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オランダ統治時代は洋館だったが、その後、中国風の建物にされた。日本時代に改修されたが、戦後の中華民国での改修ではかなり手を加え文化遺産としての価値をかなり失ったようなことを言っていたように思う。釘を使わずに建てられているのだが、補修のためか釘が使われていたり。
とはいえ、オランダ統治時代の遺跡は建物の下にまだ眠っている。
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屋根の隅にある魚の飾りは、意匠としてとてもすばらしい。匝はこういうのに弱いんですよ。ウロコが細かいですがこちらは補修したものなのかな。もう一方はウロコが取れていたりと少し痛んでいましたが。
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建物は海神廟と文昌閣とに分かれます。文昌閣の2階には魁星爺の像が置かれいた。ちょっと暗かったためか、写真には頭部を入れていない失敗をしてしまった。

魁星は中国(道教)では、学問の神様。日本でいう菅公といったところ。
そのため壁には、合格を祈願したであろう自分の顔写真の入った紙(願書?)と絵馬のようなものがたくさんあった。個人情報駄々漏れのような気もするが…。
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