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進化 

多くの人が進化に“目的”を感じていると思う。匝も危うくそのように考えてしまいそうで、いつも気をつけているのだが、なかなか違和感が消えない。人間の思考として、常に目的とか、思いなどを感じてしまうのだろう。

昆虫の擬態なんかそうだ。花や木の枝に非常に似せて擬態した昆虫を見ると、花などを参考に自らを進化させたように思いがちだが、そこに目的や思いなどなく、結果的にそのような形のものが生き残ったということ以上のことはなさそうだ。

とはいうものの、人類がこのまま宇宙開発を行い、惑星間旅行や遠い将来には恒星間旅行を実現できれば、地球の生命体は宇宙へと拡散することになる。見えざる進化の目的があるとすれば、人類を使って地球外へ生命の活動の場を広げようとしているとも思える。

科学というのは、客観的(これも究極にはむずかしい)に解釈することだから、見えざる進化の目的などという、人それぞれがどうとでも解釈できるような概念は科学の対象にならない。これでは進化を科学的に解釈できなくなる。

花の美しさはなぜなのか。神が創りたもうものではないか。
いやいや、おそらくははじめ小さな目立たない風媒花が、これまた生存競争で食うものがなくって花の何かを食べ始めた昆虫がいたのが始まりだったのかも知れない。こうして植物と昆虫は共に影響し合って、虫媒花へと進化の圧力が働いていったのだろう。

裸子植物全盛の時代は緑一色だったろうから、目立つ色はまだまだ少数派だった虫媒花の生存に大きな影響を与えたはずだ。また人間が赤とか黄色とかに食欲を感じるのは、それが食べ物をイメージさせるからかも知れない。そしてそれは昆虫や他の肉食動物にもいえることかも知れない。だから赤い花などが美しいと感じるのは、綿々と続く進化の歴史を身体に刻みこんでいて“美しい”=“おいしそう”なんじゃないかな。つまり赤くお肉は新鮮でおいしそう=赤い花は食べ物ではないからおいしそうとはいえないので、美しいと表現しよう…なんて。

植物はさらに被子植物へと進化し果実をつけるようになる。これにより種子が広範囲に広がっていく。そのためにはおいしそうな色や味のものが生き残れるようになるが、どうしても勢力が強い裸子植物のために活動範囲が広がらない。そんな時に気候変動で地球が低温化する。裸子植物が勢力を狭める中で新しい裸子植物に勢力を広げるチャンスがきたわけだ。

この短い間に進化が大きく進んだのは、環境の変化などの原因でなんらかの放射線(紫外線や宇宙線)により遺伝子の変化が大きくなったのが原因ではなかろうか。過去数回、短期間で絶滅と新しい生物の大きな進化(それも進化の途中がほとんどないものもある)があったのはそういうきっかけがないと難しいと思えるのだ。そして急激な進化に有効なのは寿命が短く、大量の子孫を残すような生物。恐竜などは巨大化で寿命も長くなっただろうし、子どもも一度に大量に産むことができない。今だと象とかクジラに近いかもしれない。寿命が短く、一度に産む子供が多ければ、遺伝子の変異の可能性が増え、かつ子どもが多いので生存に有利な変異が生まれる可能性が増える。

今、インフルエンザでタミフル耐性のものが発生している。インフルエンザウイルスは増殖速度がとても速い。かつ単純な構造のため変異がしやすいのだが、現在の環境でもっとも生存しやすいものだけが生き残り勢力を広げている。そこにタミフルにより増殖システムを阻害するもの、つまり生存環境が変わってしまうと現在の環境で勢力を持っていたウイルスが淘汰され、今まで抑圧されていたような変異体が逆に勢力を広げる結果となる。小さなウイルスも大きな生命も同じようなシステムで動いているのではなかろうか。

今では哺乳類が全盛を誇っているが、恐竜が闊歩していた時代は現代と比較して高濃度の二酸化炭素と低濃度の酸素の時代だった。高濃度の二酸化炭素は地球を温暖化し、低濃度の酸素は恒温動物である哺乳類の活動を抑制する。今の人間だったらゼェゼェ息を切らしているだろう。

この環境に有利だったのは結果的にそのような方向に進化していた恐竜だったわけだ。ある程度の恒温動物とされている恐竜も哺乳類なみの恒温性がなくても温暖化で気温が高かったわけで活動しやすかったこと、また低酸素でも気嚢システムという哺乳類の横隔膜を使った呼吸システムよりも効率の良い呼吸システムを使っていたことがこの時代に勢力を広げた理由と考えられる。気嚢システムを誤解されることを恐れずに例えると、肺の前後に気嚢という機関がある。

1)吸い込んだ空気は気道を通って肺の手前の気嚢に吸い込まれる。同時に、肺の後の気嚢は肺の中のガス交換をした空気を吸い込んでいる。
2)新鮮な空気を吸い込んでため込んだ肺の前にある気嚢から肺へ空気を送り出し、肺の後にある気嚢は気道を通じてガス交換をした空気を体外へ吐き出す。

つまり肺はガス交換だけで、前後の気嚢が交互に膨らんだり縮んだりすることで常に肺はガス交換ができるようになっているわけだ。哺乳類だと肺自体を膨らませて空気のやり取りをするが、どうしても吐く時はガス交換ができない。ただ今の酸素濃度であればその効率の悪さも生存の危機にはならなかったわけだ。

もっとも温暖化で気温が上がり、二酸化炭素濃度が増えれば、よりガス交換の効率の良い生物が台頭してくる可能性もあるわけで、何が有利かは環境に左右されるわけだ。つまり進化とはなんら目的があるものではなく、環境の変化で生存できる種(もっといえば個体)だけが生き残れるだけのもの。

ちょっと話がそれたが、結局は環境が進化を進めたといいたい。

もっとも人間の心理として、やはり目的があったのではないか、という思いが捨てきれないところがどうしてなんだろう。そもそも週の起源たる生命の誕生はどうだったのか…。これも環境の変化による必然だったのだろうか。いかん、進化は偶然なのか、必然なのか、という新たな問題が。必然ならばそれは自律進化といえるのだろうか…


そうそう、人間の体毛がなくなったのも、女性が毛深い男を嫌って、毛の薄い男を選んだ結果だという話があったな。でも禿は嫌いだったのだろうなぁ。


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