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二つの見方 

資本論…。これは、かの髭もじゃ親父であるマルクスおじさんとエンゲルスおじさんの書いたものだ。
ここには資本主義のからくりが書かれている。と、いいながら匝は読んだことがない。難解な上、ごちゃごちゃと書いてあるので、いまひとつ読む気にならない。これじゃ、プロレタリアートが手にするわけがない。

ちなみに資本論はある意味、労働者を金に換える方法が書かれているわけだから、資本家のバイブルである(現代社会に資本家がいればね)。

さて、ここにある経営者がいるとしよう。この人はひとりで何でもできる職人のような人たちが集う会社を目指している。これはすばらしい!匝もそんな社会がくることを夢に見ている。その人たちは、当然ながら自分が何を作っているのか知っているし、最終的なお客様が誰で、どんなものを要望しているかも理解している。まさに心を込めて作っているわけだ。だから意に沿わないものはつくらないというプライドも持てる。

さて、もうひとり経営者がいる。何でもできるような職人は賃金は高いし、言うこと聞かないし、人数もいない。ところが多くの安い賃金の人たち(女性でも、子供でも、字が読めないような人でもよい)に、一工程の単純作業だけを教え込み、分業体制を構築すると、大量に安いものがつくれるのだ。
文句の言う奴は首にすればいいし、首にしなくても脅すだけで働くだろう。仕事が減れば解雇である。
作っている人たちは一工程しか担当していないので、何をつくっているかはわからない。それが兵器であっても。

後者は賃労働に人間が疎外されてしまう。ただの生産ロボットだ。そこまで至らなくても効率よく分業すれば、優秀な人間一人よりも、そこそこの人たちが数人集まった方が経営はうまくいく。ただし賃労働なので賃金が安くないといけない。日本のように世界的に高賃金になってしまっては、分業による単純な賃労働では限界があると思うんだなぁ。

どっちが正しいのか、どの割合で行うべきなのか、もしくはすべて間違っているのか…

※なんで科学好きなのに経済みたいなことを考えるかって!そりゃ、社会主義は科学だからさ(笑)



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