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モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 

モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)
モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)Michael Ende 大島 かおり

おすすめ平均
stars何に時間を使うのでしょうか?
stars友人に勧められて・・・そして
stars時間とは意識。意識とは心。
stars大人に読んで欲しい一冊。
stars「灰色の男たち」の悪巧みを初めて公にした暴露本

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“何を食べたかではなく、誰と食べたか”という言葉を思い出した。
もっと将来のため、もっといい暮らしのため…。そんな思いに取りつかれて時間にあくせく働いたり、勉強したりすることが本当にいいのか。モモからそんな問いを投げかけられたようだ。

本書を読むきっかけは、夏休みに“モモ”の劇を観に行くことになっていて、タイトルは知っていたがまだ未読であったので読んでみた。そして大人になって読んでよかったと感じる。

お金はないが夢を抱いていた頃、子どもたちは自分たちで考え付いた遊びをし、大人たちはお互いを助け合い、子供たちにも心から構ってあげていた。特にモモは人々にそんな付き合いの大切さを自然と感じさせることのできる不思議な女の子だった。

それがいつからだろう、大人たちが時間を節約すると称して、趣味や人付き合いをやめ、寸暇を惜しんで仕事をするようになった。いや時間に追われるようになった。自由気ままに遊んでいた子供たちは、危ないからと道路や緑地などで遊べなくなり、将来のためと“子どもの家”という学習センターに収容されてしまう。とにかく時間がもったいないのだ。

そんな世界にしたのは人知れず暗躍していた時間貯蓄銀行の灰色の男たち。大人の心の隙間に入り込み、時間を節約して貯金するようにセールスする。しかしその貯金は灰色の男たちが生きるために使う時間だった。

灰色の男たちのやることは直接的に手を下さず、人知れず彼らが考えていることが実現されるように事態を誘導することだ。そのため灰色の男たちが暗躍していることを知った大人たちさえも気付いた時には罠にはまって抜け出せなくなってしまう。

モモが時間の国から戻ってくると、知っている人たちはみな血相を変えて仕事をしている。既に本人の意思に関係なく働かなければならない状態だ。疲れていようが、悩んでいようが、流されるように働いている。居酒屋を経営していたニノを訪ねると、今ではファーストフード店を経営し忙しくレジ打ちをしている。モモはニノと話すために食べ物を選びレジに並び会計の都度、ニノとの会話を試みるが列に並ぶ客から早くするようにクレームがでる。とうとう諦めてモモが帰る時の言葉が印象的だ。
「食べるものはたくさんもらったわ、おおすぎるほどね。でも、満足した気持には、ひとつもなれないの」

モモが一緒に遊ぼうと誘った子どもたちの言葉も印象的だ。
「あのころは、じぶんたちでいろんなことを考え出したもんな。でも、それじゃなんの勉強にもならないって、言われるんだ。」

モモには友達がひとりもいなくなった。灰色の男たちがそう仕向けたからだ。そしてモモと灰色の男たちとの戦いがはじまる。モモは自分自身のためではなく、友人たちのために。

おそらく、読む年代によって感じ方が大きく変わる本だと思った。
今、自分を取り囲む社会はいつしか灰色の男たちの暗躍によって、時間に追われているのではあるまいか。本書は児童文学ではあるが、大人向けなのではないか。そう感じるのだ。

少しでもいい暮らしを。家族のために働いて、夜も遅く、休みも接待や働きに行く。それが実は親だけの自己満足であり、子供や家族にとっては寂しさだけかも知れない。今、生活するだけで精一杯で、他人に関わることなど無駄だし、子供に関わる時間があれば働いてもっといい暮らしをしよう。それが“子どもの家”に押し込めたり、ひとりでゲームをさせることになるのではないか。

そして大人自身も灰色の男たちが吐く葉巻の煙のために“致死的退屈症”にかかってしまうのだ。
最初は気付きにくいが、ある時急にやる気がなくなる。そして何についても関心がなくなり、楽しくなくなる。この無気力は日に日に激しくなり、気分は憂鬱になり、心の中はますます空っぽに、そのうち感情もなくなり、何もかもが灰色でどうでもよくなり、喜怒哀楽を忘れ、何もかも愛することができなくなり、灰色の顔でせかせか動き回るだけの人間になってしまうのだそうだ。

「光を見るために目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ」

30年も前の作品でありながら、作者はそんな灰色の男たちの存在を“モモ”という作品で警告したかったのではないかと思える。

冒険もあって子供向けであるが、大人にもぜひ読んで考えてもらいたい一冊。

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