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自転車と脳 

前にこんなたとえを読んだ。

自転車がどういうものか。タイやが2ヶあり、ハンドル、サドル、ペダルなどがフレームに付属し、人力でペダルからチェーンを伝わってタイヤへと動力を伝え走るモノとすれば、電動アシスト付きのものは自転車ではないのか、ましてやカゴの有無で自転車の定義が変わるのか。

そして自転車とはどんなに分解しても、“自転車”というものは見つからず、あくまでハンドル、サドル、ペダル、タイヤなどの各パーツしかみつからない。自転車とは何か、それは“機能”である。という話だ。

つまり“脳”を調べることで“私”とは何かを発見しようとして、脳をどんなに刻んでも、部位とか、神経細胞とか、タンパク質とかくらいしかみつからず、“私”がみつかってこちらに微笑みかけるということはないはずだ。自転車の例で考えれば“私”とは神経細胞の塊である“脳”の“機能”であることになろう。

すると自転車がどのようなものか自ら乗りこなしてわかるのと同じように、“私(意識)”も脳の活動を観察することで理解が進むことになる。そして実際いろいろと研究が進んでいる。

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