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推定と推測と推量と推察 

各種報告書類では、“~思われる”という言葉は控えるべきと考えているし、実際に論文などでは使い方に注意が必要とされている。

仕事上、客先と打ち合わせしている時に“~思います”を連発するのはイメージがよくない。何でも“~思います”を使うと自信がないイメージを与えてしまうのだ。思っているだけって感じかな。

それが考えた結果であれば“~考える”とか、そういう表現が相手の印象を良くするのだと心がけていることだ。

ところで…
“推量される”は、“思われる”とほぼ同義と思われる(苦笑)。“当て推量”とかもあるし、根拠なしでの憶測のことである。
“推察される”は、相手のことをおもんばかること。よく、いただく文書で「ご推察ください」とあるのは、“こっちの身にもなってよ”ってことだろう。しかし報告類だと“推量”はあまり使われないと思うので“推察”に置き換えられているのかも。ちゃんと考えているなら“考察”となろう。

さて“推定される”と“推測される”の違いがよくわからない。
“推定”とは、ある程度の事実や根拠を基に原因や結果などを判断することと考えているし、一般的にもそうとされる。
“推測”、これがむずかしい。統計学でも使われているし、言葉の問題として“推定”ではやや違う印象があるときや、推定が繰り返し使われてしまった時に苦し紛れに使うことがあるかなぁ、匝の場合。
あと数字的なもの(測定結果など)を推定する場合、“推測”を無意識に使っているかも知れない。

辞書では“推測”と“推量”は同じような感じであったが、匝には“推定”よりも甘いが、“推察(推量)”よりは確実性が高いっていう感覚で捉えている。それとやはり数字的なことがらか。

もっとも読み手が、“推定”と“推測”を区別できてないと思うので(馬鹿にしているわけではないゾ)、このふたつの区別にこだわりは持っていない。

でも報告書書いていて、ちょっと気になったんだ。

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