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反証可能性と水 

“水からの伝言”を熱く語る人の中には反証可能性を失っている人がいる。

“水からの伝言”をおさらいすると、「がんばろう」とかの良い言葉、「バカヤロウ」などの悪い言葉で水の結晶が美しくも悪くもなるというもの。人間の身体の多くが水でできているので、そのような言葉を使っていると身も心も悪くなる…ってところである。

前回書いた“ごはん実験”も水分がたくさんあるので同様に考えられている。というか、素人には水の結晶を作るのは容易ではないので(結晶自体は科学的に作れる)、ごはんが腐敗するかどうかで判断している。

さて、先にも書いたように“ごはん実験”では、実験するサンプル数を増やしてみれば“水からの伝言”通りなのかどうかわかるはずだ。サンプル数をたくさんとることが科学的手法のひとつであり、決して1ヶとかでやっていいものではない。これはどんな実験でも同じことだ。

ただ反証可能性を失っている説明をする人がいることにも注意。

たとえば複数のサンプルで実験をする。声かけの実験で悪い言葉を言い続けるごはんと、いい言葉を言い続けるごはんがあるわけだ。複数サンプルだと、言葉の意味に関係なく悪い言葉を言い続けたごはんでも腐敗しないもの、いい言葉を言い続けたごはんでも腐敗するものがあると思う。これで“ごはん実験(水からの伝言)”がその説明通りでないことが証明できたとしても、その人にかかれば大したことはない。

「ちゃんと各々にだけ語りかけましたか?いい言葉をかけていたごはんに悪い言葉が聞こえたのでしょう。」

そう言われて、まじめなあなたは今度は声がもれないよう気をつけて再度実験をするかも知れません。ごはんがもったいないですが。
そして先と同じような結果が再度でたとしても、その人はこういうかもしれません。

「そうですか、ではあなたの心が悪いのでいい言葉を言ってもごはんが腐敗したのかもしれませんね」

つまりあなたの心が悪くないことを証明しなければならなくなるのですが、証明することはできっこありません。反証する方法がないこと、反証可能性がないということです。これは科学ではありません。科学が取り扱うことがらではない。

ちなみに証明とは言いだしっぺがすることです。もっとも素人ではなかなかできませんから、実験した方法や観察した事実をできるだけ客観的に詳細に記録し、専門家の意見を聞いてみることもよいでしょう。しかし意固地になって自分にしか理解ができないとか、専門家は否定することしか考えていないなどと思ったりしてはならず、もっと謙虚にいろいろとアドバイスを受けて研究することが望まれるのではないでしょうか。

“ごはん実験”を自由研究で持ってくる生徒さんもいるようです。本に書いてあることは正しいと誤解して、複数サンプルで行っても結果が本と違って実験した方が間違ってしまっていると思ってしまう人もいるかも知れません。実験方法とありのままの報告こそが必要なことを理解してほしい。

それにごはんに黒カビや青カビが生えたのは悪い言葉をかけたからなどと考えないでほしい。
青カビなんかペニシリンの素になったカビだ。悪い言葉から青カビが生えたと考えたら、薬のペニシリンはなんなのだろう?黒カビはお母さんの嫌われ者だが、生命として一生懸命生きているんだよ。

そういうところをわかってくれたら自由研究も有意義なものだとおもうんだけれどな。

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