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日本独自の技術 

日本の宇宙開発はJAXAが主導したように思われるだろうが、JAXAは宇宙開発事業団(NASDA/産業)と宇宙科学研究所(ISAS/科学)、航空技術研究所(NAL/航空)の3団体が統合したもので、それぞれが独自に研究開発したものだ。

ISASは、もともと東大生産技術研究所から独立した組織で、ロケットの開発は東大生産研とプリンス自動車(日産)によって進められた。目的は超音速旅客機開発への一歩だったらしいが、YS-11の開発のために航空研ができたためロケットと衛星開発に軸足を変える。宇宙開発事業団の誕生で産業用途から科学分野に限定され東大宇宙航空研究所となる。予算も巨大化し東大だけでは賄えなくなり、文部省に移管された。

日本最初の人工衛星は宇宙開発事業団ではなく、東大宇宙研が最初だ。

宇宙開発事業団のロケットは液体燃料である。世界のロケットの流れはナチス・ドイツからアメリカとソ連に技術が分かれ、さらにアメリカから日本の宇宙開発事業団へと流れているので、今持ってドイツの技術が支えていることになる。

ただISASのロケットは固体ロケットであり日本独自の技術で作られた。惑星軌道に投入できる固体ロケットを持っていた国は日本だけといっていい。大陸間弾道弾でさえ液体ロケットエンジンだしね。

花火師の技術ってわけではないが、世界に誇れる技術であったわけだ。固体は原理は簡単だが、実際に運用するには難しい。そんな予備知識で持ってから動画を見ると楽しめるかも。



動画中で単にロケットを上げる目的から、軌道に衛星をのせる目的の所で失敗を繰り返したとあった。各段階でどうしても試行錯誤が必要となるのが技術開発だと思う。この部分を無駄とか言われると技術立国として成り立たなくなるのだ。主婦感覚ではいけないのだよ、教育とか科学技術とかって。

ところで宇宙開発事業団は液体ロケットの開発をやっていたがどうにもうまくいかなかった。このへんは本で読んだことがあるが、タイトルなんだったかなぁ。日本はアメリカの技術を得るためにダメもとでNASAに見学へいったらしい。アメリカは見せてくれたそうだ。どうせ見てもわからんだろうってバカにしてたんだな。そして日本の技術者はうなだれて帰ってきたという話。本当かどうか、よくわかりませんが。ISASは日本初の衛星を打ち上げどんどん技術開発が進んでいたのも焦るところだったかも知れない。

記憶だけで書いているので記憶違いもあるかも知れないが、ガックリきたところで静岡大学の教授だったかがソ連のエンジンを見せる機会があり、それをみた技術者は「これで飛ぶなら俺たちにもできる」と思ったという話だ。このあたり再度調べてみよう。

このへんにアメリカとソ連の設計思想の違いを感じるな。結局、日本はアメリカからエンジンなど一部完成品を提供してもらい打ち上げることになった。他にライセンス契約の部分もあった。この一部完成品は開封厳禁。Nロケットはアメリカの管理下であったわけだ。このNロケットで多くの技術習得をし、国産技術100%(かな)のHロケットへと進化する。

固体ロケットはMロケットで終了。コストが高いのと大型化で固体ロケットの欠点である振動がはげしくなり、衛星に悪影響がでることで新型ロケットの開発を開始したが順調にいかず、仕分けでとどめ刺されましたね。

関心があればロケット開発の歴史を調べてみてください。固体ロケットの歴史はおもしろいですよ。


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