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煮干しの解剖教室 

煮干しの解剖教室 (オリジナル入門シリーズ)
煮干しの解剖教室 (オリジナル入門シリーズ)小林 眞理子 泉田 謙 こばやし ちひろ

仮説社 2010-07
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「煮干しも生きて泳いでいたんだね」

著者が中学校での授業で煮干しの解剖を行った時、生徒が発した言葉だそうだ。

“煮干しの解剖”とは考えたものだ。
生きている状態での解剖や生きていなくとも生の状態では解剖に抵抗があっても、煮干しは“たべもの”なのでバラバラにしても抵抗は感じない。むしろ“たべもの”が以前、しっかり海で生活していた“いきもの”であったことを改めて発見できるいい教材なのだろう。

匝には解剖歴はない。生き物を観察することはあっても身体の中まで見るのは気持ちが悪いからだ。理科の授業でもやったことはない。かといってまったくやったことがないかというとそうでもなく、バーベキューの時にニジマスの下ごしらえで腹を割いてはらわたやえらを取るなどはやったことがある。この場合“いきもの”ではなく“たべもの”という感覚だったのだろう。いちいち、これが心臓、えらはこういう構造なんだ…などと観察したことはない。

いや、たぶんニジマスでも観察はじめたら気持ち悪かったかもしれない。人間とはおもしろいものだ。

先にも書いたがこの本は“たべもの”がもともと“生き物”だったことを再認識できる本だ。頭から内臓に至るまで、ひとつひとつ写真と解説がついている。

読んでいて驚いたことは、食物連鎖の痕跡をみることができる。
それは何かというと煮干しの食道や胃などを水で戻して中身を出し、それらを顕微鏡でみるとプランクトンをみることができるというのだ。生前カタクチイワシと呼ばれていた煮干しが食べていた動植物プランクトン。そして煮干しを食べる人間。食物連鎖は何を感じさせてくれるのだろう。

今、子供たちが目にする魚は切り身や干物など食べ物か、水族館の魚たちだろう。
“たべもの”は“いきもの”だったこと。この再発見を子供たちに期待したい。そう強く感じさせられた一冊だった。

煮干しの解剖は、ネットでも少し情報があります。

煮干しの解剖資料室
http://www.geocities.jp/niboshi2005/
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