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ヤドカリの寝巻と外着 

最近読んだ「ダンゴムシに心はあるのか」という本におもしろい実験事例があった。
それはヤドカリの殻を動かないようの接着するとどんな行動をするかというものだ。

まずヤドカリというのは、自らの乾燥と外敵から身を守るために自分の身体に合う巻き貝の抜け殻を見つけて住みついている。もちろん移動する時も家である殻に入ったまま移動するのはご存知の通り。

そこで次のような意地悪実験を行うとどうするか。
1)ヤドカリの入った殻を動かないように接着する。
2)近くに一回り小さい殻を置いておく。
3)餌を離れたところに置いておく。
110608a.jpg
図は“オカヤドカリの殻交換における交換媒体の萌芽”より転載

さて問題の論文“オカヤドカリの殻交換における交換媒体の萌芽”によると
1)身体にあった殻Aを捨て、一回り小さい殻Mに引っ越す
2)身体に合った殻Aを捨て、裸一貫で生活する
3)移動用に殻Mを使い、移動しない時は固定された殻Aに戻る

注目すべきは3であろうか。
まず考えられるパターンごとの理由だが…
1は生きるため、食べると住むを両立させていて多少の狭さは我慢する。
2は、身の安全はより食べることを優先させた。
3は、移動用と安住用との使い分けをしている。

不思議なのは3以前に2が食べ終えたら殻Aに戻ってもよさそうなのに戻る事例がなかったことだ。
実験した頭数が不足しているのかもしれないが興味深い。

とても考えるという脳を持っているとは思えないヤドカリだが、どうして3を選ぶのだろうか。

餌を食べたい。そう感じれば殻を脱いで食べに行けばいいではないか。
それを殻を脱いでからわざわざ小さい殻に入り餌を食べに行く。

動かない
 ↓
殻を脱ぐ
 ↓
身の危険を感じるが小さい殻Mがあったから入る
 ↓
餌を食べる
 ↓
殻が小さいく窮屈さを憶えて元の殻Aに戻った

という単純な条件反射みたいなのが連鎖的に働いているのだろうか。
考えている?ん、どうだろう。2のパターンとの対比がなんとも複雑だ。
“こころ”がある。それとも先天的な性格?みたいなもの。動かない殻に価値はないと判断するか、動かないなりに利用価値を認めるか。殻Mに価値を見いだすか否か。

ヤドカリの価値観もそれぞれなのだろうか。これも“こころ”の一種なのだろうか。
興味深い、深すぎる。
(夏の自由研究で、ぜひ)


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