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南極・北極科学館 その1 

6月4日、極地研の伊村さんの呼びかけに応じて立川近くの南極・北極科学館に行ってきました。
展示が主体ですが、はるかに遠く離れた南極に思いを寄せることができます。
110612_01.jpg 110612_02.jpg
まず展示室に入ると足を止めてしまうのが南極の地形模型。
隣に同縮尺の日本地図を置いてみるとその大きさがわかります。
むしろもっと驚くのは日本の南極基地までの距離。
手前入江の赤いところが昭和基地、その左上にみずほ基地、そこから南極中心よりに青テプラで書かれているのがドームふじ。昭和基地からドームふじまでは直線にして鹿児島から北関東あたりまでの距離です。ここを雪上車の列が1ヶ月くらいかけて移動するそうですからすごい。

冬になれば雪上車も航空機も行くことができない閉ざされた内陸の地。
その生活は極限状態ともいえるでしょう。
110612_03.jpg
どうでしょう。陸地がこんな形なんですね。淡い青は浅い海です。今は氷の重さで地盤が沈降しているそうなので、氷がなくなるとジワジワと隆起してこの淡い海くらいは海面上に現れることでしょう。

先に紹介した地形模型とは撮影方向が逆ですので比較にはご注意を。
陸地模型だと昭和基地は奥の方になります。
110612_04.jpg
さて南極の昭和基地のある場所は、はるか昔、いまの大陸がひとつのゴンドワナ超大陸だった時代にアフリカ大陸に接していた部分にある。特にアフリカと南極両大陸の衝突帯に位置し、ゴンドワナ大陸がどうやってできたのか研究するには最高の位置にあるそうです。
110612_05.jpg
ちなみにはじめから研究に適した位置に基地を作ったのではなく、ここに昭和基地ができたのは戦争に負けたからでした。

1951年、米国占領下の日本は国際地球観測年に参加することで国際的な地位を認めてもらおうと参加を表明。そのひとつである南極観測を行おうとしたものの、戦争で遺恨を持つ国々から反対意見が出されたが、米国とソ連が日本を支持したためどうにか参加はできることになった。しかし割り当てられたのは氷が厚く到達がむずかしい地、いまの昭和基地の場所だ。

ちなみにwikipedia“国際地球観測年”によると、ノルウェーはこの時に国力不足を理由に参加していない。敗戦国の日本が参加すること自体すごいことだったのだろう。科学者の意地をみる。

砕氷船「宗谷」が南極観測船に改造される。
実は「宗谷」は運が強い。戦時中に当たった魚雷は不発だったし、トラック島で空襲に合って回避中に座礁しつつも満潮で浮上。横須賀空襲でも生き抜いた。さらに南極に向かうに際して一般から贈られた幸運のオスの三毛猫も乗船し、そして、運は宗谷に味方した。
110612_06.jpg
南極・北極科学館にはなんと南極の氷山の氷がある。
これを触ると驚くぞ。
冷たいことは冷たいのだが、指先が濡れない。さらっとした肌ざわりの氷だ。
聞くところによると展示用の氷は、ウイスキーを片手に味見しながら決めるらしい。そのため科学的な価値はないそうだが…。

先に紹介したゴンドワナ大陸由来の貴重なポイント昭和基地付近の研究で最新の成果が発表されました。
それは「新鉱物」発見!

マグネシオヘグボマイト2N4Sという美しい赤色の結晶。
いまなら南極・北極科学館で展示中です!

南極・北極科学館
http://www.nipr.ac.jp/science-museum/index.html

南極・北極科学館:新鉱物発見
http://www.nipr.ac.jp/science-museum/topics/inseki3.pdf

その2につづく

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