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ぼくのじしんえにっき (いわさき創作童話) 

ぼくのじしんえにっき (いわさき創作童話)ぼくのじしんえにっき (いわさき創作童話)
八起 正道 伊東 寛

岩崎書店 1989-10-19
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おそらく読んだのが震災前と震災後では大きく印象が違う作品だろう。

震災前に読めば地震をテーマにした「物語」だ。
しかし震災後の今、この作品は「現実」と感じる。

物語は和之(かずゆき)くんが絵日記を書く、7月22日から8月30日までの出来事。
そのほとんどが7月25日に大地震が発生した地震後の日記だ。
ライフラインの停止、暴動、狂犬病の発生、伝染病の蔓延、大切な人たちとの別れ…

それらの意味がよくわからないまま、淡々と絵日記に出来事と子供なりの理解したことを書きとめていく。その中には子供として純粋によかれと思ったことが大変なことになってしまうことも。

読み手としては和之君の見聞きしたことから、大地震後、どんな恐ろしいことが起きているのか想像できる。想像の度合いは読み手の知見や体験に左右されるかもしれない。

もっとも印象的だったのは、和之君がなかよしの「としこちゃん」の家に鉄条網を越えて行き、としこちゃんに水とかんぱんを届けた時、としこちゃんのお母さんが和之君に言った…

「和ちゃん、もう、きちゃだめよ」

という言葉だ。奥の部屋で誰かを看病しているらしいということは和之君にもわかったが、それがどんな意味を持つのかは理解できず、またとしこちゃんの家に行こうとし今度は「兵隊さん」に見つかって保護されてしまうシーンだ。

おばあちゃんの生活の知恵と助け合いの精神、お母さんの貰えるモノはもらう精神など、矛盾する家族の行動も子供なりの理解で矛盾したまま受け入れていくところが淡々としているけど、考えさせられるところかもしれない。

最後に、地震は60年はこないと聞いた和之君が、
おじいさんになる頃にもう一度地震を体験ようだ。おじいさんになったらおばあちゃんが日頃からお風呂の水を毎日換え、缶詰を貯えていたように自分をやろう。
と書いて1冊の絵日記が終わる。

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