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焼け跡に残ったイチョウ 

気象庁から内堀通りを挟んだところ。皇居の濠のほとりに大きなキズのあるイチョウの木があります。
関東大震災で被災した震災イチョウです。

20140529_01_0525.jpg

大正12年9月1日11時58分。神奈川県西部からはじまった三つ子地震は、帝都をも激震させ、昼の準備による炊事の火で各所で出火。日本海側にあった台風による強風もあって帝都を火が覆いました。

この頃、気象庁の前身の中央気象台は今の気象庁の場所とほとんど同じです。
神保町付近で出火した火災はどんどん燃え広がり、深夜には一ツ橋や中央気象台付近にもやってきます。
震災イチョウは当時、一ツ橋の文部省付近(今の毎日新聞本社付近)にあり、いよいよこの火が襲いかかったのです。

この火災により中央気象台の地震翌日の2日未明に最高気温は46.4度を観測。
皇居のほとりまで火の海となったのでした。

20140529_02_0525.jpg

奇跡的に焼け跡に残ったイチョウの木は、焼け出された人々の復興への希望となりました。
復興局による区画整理で切り倒されることとなりましたが、これに対し中央気象台の岡田台長がイチョウの木を残すように申し入れ当地に移されたのだそうです。

復興への希望…。古くは原爆被災の広島市の夾竹桃の花、最近では東日本大震災での陸前高田市の奇跡の一本松。被災地では生命力のある木々に希望を見いだすのかもしれません。

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