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ボディ・バッグに死と生を見る 

会社での雑談である集まりで防災関係のことをやりたいと耳にしたので、「ぜひ街に死体袋を設置して」って話したら、いやな顔された。しかたないので「ボディ・バッグ(死体袋)を設置して」と言い直したが既に相手にされなかった。明日、しつこく言おう。

なぜに死体袋…もといボディ・バッグなのか。

実は震災時に生きるための対策はいろいろ考えられ、グッズもある。トイレにお風呂だって用意できる。しかし東京の通勤時間帯に震災があったとしたら、死者、重傷者の数はかなりになるはずだ。これが真夏だったらどうなるか想像できるだろうか。

こんな話を、数年前に今使っているパソコンを譲ってもらったお医者さんにされたのだ。

救援者の到着が翌日になれば、遺体の腐敗がかなり進んでしまう。さらには遺体を放置すれば感染症などの衛生問題も発生するに違いない。また重傷者をホコリなどから保護するためにもボディ・バッグは役に立つだろう。担架の代わりにもなるのだ。

遺体を放置しないことは死者の尊厳を保つことになるし、生きている者に対しても感染症の流行を防ぐという意味で重要だということに、匝も同意した。

もちろん最初は“生きるためにどうするか”を考えるのに死んだことまで考えられないよぉ、と思ったのだが、先生に諭され、説得され、説教?されて、その重要さを理解したわけだ。
人間、死というものを考えることも避けたい、考えることは後ろ向きで、生きることが前向きと考えがちなのだが、視点を変えると“死”の捉え方次第なのかもしれないな。

先生はさらに構想を語り、駅やデパートなど人の集まるところ、鉄道やバスなどの交通機関などにある程度の数を常備する。遺体は火葬すべきだが、果たして被災地でできるだろうか。棺は被災地外から調達することになっているが、どうやって運ぶつもりなのか。ボディ・バッグは使い捨てタイプで構わない…
その説得力のある説明は、反論の余地はなかった。

ま、匝がここでグダグダ書き連ねるよりは、その後、先生が行動を起こして防災展示したときの内容がサイトに紹介されているので、そちらをご覧くださいませ。そしてよく考えていただきたいです。

銀座イベント録「都市防災課題の展示」
http://www.ginza.jp/select/event/shinsai/report050826.html




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